2017.08.16

いまの風潮

 NHKスペシャルが,8月6日からほとんど連日,原爆と空襲,インパール作戦,731部隊といった内容を放送していた。全部録画しているが,重たいので少しずつみようと思っている。そんななか,見逃していた,昨年のオバマ大統領の広島訪問を追ったドキュメンタリー「アナザーストーリー~オバマ大統領歴史的訪問の裏舞台」(再放送)がすばらしかった。知らなかったのだが,平和公園でのスピーチの後,オバマが背中をさすった方が,原爆で亡くなった12人のアメリカ兵の消息を本国に知らせたということで,その行為をたたえた瞬間だったのだ。
 被爆国でありながら,禁止条約を批准しない安倍政権に対して長崎市長も批判している。世論では,一体何処の国の首相なんだ。朝日新聞の投書(皮肉)欄に,「どこの国の首相? こんな国の」とあってつい笑ってしまったが,笑っていられないような今の風潮。

 なんで,1年あまりで,世界はこんなに変わってしまうのだろう。

 もしトランプ政権でなければ,去年5月のまま核に対する認識が続いてれば,に今の米朝の緊張感はあり得ないと思うのだが。

 毎日,安倍+トランプ+金正日を二ユースで見ていると,NHKスペシャルの感傷ではまったく歯が立たないような気がしてくる。

2017.08.12

日本地図学会の巡検

 昨日は,東京の水辺を貸し切りボートでめぐる地図学会の巡検に参加してきた。
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貸し切りでなくても,ミニクルーズのようなふねはこのスカイツリーのたもとから出ていることも初めて知った。個人的にまた行っても良いかなと思う。地図学会なので,今ブラタモリ流行の町歩きの達人たち(スリバチ学会や境界協会)の人たちがごそっと乗って大盛り上がりだった。

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 小名木川は,下町低地でもっとも有名な運河だろう。芭蕉の「秋に添うて行かばや末は小松川」の句のぶたいである。隅田川と荒川の水位が違うので,水門(扇橋閘門)を通過しなければならない。というのも初体験であった。

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 隅田川に出る。このまえに昼食のため上陸し,芭蕉記念館にも行ってきた。

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 神田川にも入る。お茶の水あたりでは,電車が通過すると大興奮でした。
 このあと,水道橋の先から日本橋川を下って日本橋で下船。約4時間の船旅でした。

2017.08.10

飲み物のこと

 酒つまりアルコールと乳(哺乳類の栄養)以外の飲み物には,お茶とコーヒーぐらいしかないのが不思議である。強いて言えば,コカコーラやサイダーもあるが,そういうジュース類を除いて,毎日飲むような飲料という意味で,お茶かコーヒーというどちらも栽培植物を煮出すような(焙煎や発酵する)ものが2種類しかないのが不思議とおもいませんか。
 
 お茶が日本につたえられたのは栄西だから鎌倉時代。コーヒーはイスラム圏から中世にヨーロッパに広まった。ワインやビールが紀元前からあったのと比較すると,やはり飲み物というのは限られているといって良いのだろうか。

 お茶もコーヒーもカフェインが含まれていて,最初は薬の役割が大きかったようだし,モンゴル人には,団茶が貴重なビタミン源だったりする。いまは夏なので,水出し麦茶を飲んでいるが,これは薄ーいコーヒーみたいな物だと思っている。むかしタンポポの根でコーヒーを入れるなんてことも試したが,結局お茶とコーヒーしか,良い飲み物が見つからないというのも,なんだか不思議な気がする,のです。


 

 

2017.08.09

記憶3

 現在,朝ドラひよっこのお父さんが記憶喪失から立ち直ろうとしている。生まれ育った奥茨城村に帰ってきたら思い出しそうなものだが,ドラマではもうすこし溜めをつくるのかもしれない。

 よくある記憶喪失ではなく,脳の海馬を損傷(または切除)すると以後の記憶ができない症状(前向性健忘)が起きることから海馬が記憶に深く関わる器官であることが分かった。ここにくり返し出来事のデータが流れると脳の別の場所に(ハードディスクのように)記憶が残るらしい。このような脳の働きについては,90年代(もう20年前)にNHKで驚異の小宇宙人体「こころと脳」というシリーズで養老先生が解説していた。

 昨今の安倍政権内部の説明抛棄というべき対応でしばしば,記録を破棄しただの,日報があったのに報告しなかっただの,記憶にないから,事実ではない,といったでたらめの連続は,ホントに人としてあるまじき(生物学的,ホモサピエンス的,倫理にもとる,非道徳的)対応と言わざるを得ない。で,それがいけシャーシャーと堂々と白日の下にさらされつつ平気でいられる(やっている本人たちの)感覚が,もう何というか世も末としか言いようがない。

 悪いと思っていないのだろうか。

 記憶や,記録(データ)をこんなにないがしろにできる理由は1つしかない。奴らはただのバカだという理解だが,であれば,そんなのが国民の血税を吸い取りながら生きているのは許しがたい。だれか何とかしてくれ。

 

2017.08.06

記憶2

 記憶について,つづけると,生物にとって記憶はそもそもなにか。アメフラシの実験は環境の危険な状況を察知したときの対応である。条件反射と言っても良い。これができないと生き延びられないから,神経系に記憶がのこる。
 で,複雑な神経系,すなわちシナプスの新たな連結ができることが記憶になると考えられて(証明されて)いる。だから,将来,脳の記憶が読み出せるようになるだろうというのがSF映画のモチーフになっている。

 もう一つ,この連結(記憶)の読み出しは,自分でもときどきくり返し思い出さないと,忘れることで,だから忘れるというのも大切な記憶に関する研究だということ。先の番組では,この記憶の想起の時に,適当な操作をすれば,記憶の書き換えができるそうだ。たしかに,過去の記憶は,結構いい加減で,写真のアルバムなんかそのためにあったのかと思う。おそらく日記も。記憶は,いつも上書きされて少しずつ美化されているし,嫌なことは覚えていない(消す)。このしくみで,特殊な薬物と心理療法を行って,PTSD(心的外傷)を直すことがでるそうだ。

 多くの人がブログをやるようになったのも,そのためだろうと思うし,個人的に言うとFBは,消えてもよい記憶のなんというか墓場みたいで,近頃見るのが嫌になってきた。

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 これも以前書いたけれど,自分が自分であるという自己同一性の強烈な意識が意識の特徴であり,日々の記憶の積み重ねによって形作られている,だろう?らしい?と思われる。それが脳の中にどのようにあるかは,ある程度分かっていたり,動物(アメフラシとか単純な)の神経系の実験などで確かめられている。というか,養老風に言えば脳が脳のことを考えている。これも養老先生の口癖で,一般の人はあまりお考えにならないでしょうが,(おまえバカだろうけど)人間が考えることは,すべて脳から生じているから,脳が脳のことを考えるのはそれ相応の制約(何らかのバイアス)がかかってるとみるべきである。

 自分のことで考えると,同じ本を2冊買ってしまったりするように,記憶がちゃんとないといろいろ不具合が起きる。そのことに気づけば良い方だ。本を読んだ記憶(本の中身)もたいてい忘れている。暇つぶしに読む推理小説などがそうだし,まじめな勉強の本でも,読み返すとちゃんとすでに自分が大事な部分に線を引いていたりするのを発見する。日常的なことになれば,忘れて何回もおんなじことをやって新しがっているに違いない。という話を,NHKBSの世界のドキュメンタリーで先週やっていた。この番組で,初めて知ったのだが,特殊能力で,日々のすべてのことを忘れることができない,全部覚えている人が極めて稀にいることも紹介していた。

 ということは,忘れるのも一定の能力または適応かもしれない。ぼけというのは老人力とか言う人もいるように。だが,痴呆(認知症)にはなりたくないものだ。肉体的に衰えるのも困るし,人は煩悩が多いものである。

2017.08.01

無意識

 無意識というと,ユングの集合的無意識とか変に哲学じみたものだと考えがちだが,日常的な無意識のことを考えている。だれでも思い当たるだろう,考えずにいろんなことをやっている。いつも困るのは,でかけたときに家のカギをかけ忘れたような気がして不安になる。しかし,ほとんど心配することなく無意識にカギをかけている。

 車の運転なんかも,あんな微妙で間違ったら事故になりそうなことをほとんど無意識にやっている。運転しながらまったく別の問題を考えたり,助手席の相方と喧嘩したりできるのだから,車の運転は無意識でできる不思議なものだ。人間の日々の行動の半分以上が無意識だろうと思う。

 で,意識的なことが要するに人生だと思うのは,実際ばかばかしい。若いときはとくに,寝るのがもったいないように思ったりするのだが,なにも考えずに猫みたいに生きていたって良いのである。目的とか夢とか希望とか,なくっても自動的に生命は自己を維持し生きていくこと自体をめざして活動する,ものだ。

 もちろんそうも言っていられないのが人生だろう。では,意識とは何か。それが,現代の脳科学でも解明できない大問題だという。AIですなわちコンピュータが意識をもったら大変だろう。映画2001年宇宙の旅で,すでに描かれているように人を上手に始末する可能生が大きい。

 まだいろいろ考えることがあって,死ぬのはおしいなぁーと思います。

2017.07.31

周辺減光

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 藤原新也の沖ノ島の写真展を見てきた。木曜日,平日だというのにま,人がたくさん。写真展というのをたくさん見たわけではないが,写真撮影OKというのは予想外だった。彼の多用する手法は,一種のボケと露出アンダー,それとこの写真のような真ん中に光があって周辺が暗い,周辺減光である。

 写真の基礎からいうと,ピンボケとか露出不足とかは失敗の部類なのだが,視覚的に感覚を表現していて,それらしい。周辺減光に至っては,わざとらしい気がしないでもない。実は,レンズというものの性質(円い筒に光を通すため)として周辺減光というのは光学機器の避けられない現象なのだが,いまどきこんな極端な周辺減光が起きるレンズはつくられてもいないし,反対に画像処理でなくそうとするものなのだ。

 でも,視覚的には夢とか幻想をあらわしているようで,悪くない。ピンボケも,暗いのもわれわれの無意識であることを表象しているのだろう。

 無意識という題目を語るのは項を改めてみたいと思う。

2017.07.29

ホモ・デウス(Homo Deus)

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 まだ日本語訳がでていない,ユバル・ノア・ハラリ氏のサピエンス全史の続編が,DVD(講演の録画)として出ていたので買って見た。いや,やっぱり彼はすごい。AIが人類をどこに導くか,という話をこれだけまとめて話せるのは今ハラリ氏だけではないだろうか。

 表題のデウスはラテン語の神のこと。今後人類は遺伝子レベルでサピエンスから進化して,いわば神の領域にアップグレードするという意味だ。この講演がアメリカの何処大学でいつ行われたか,書いていないが,話の中で聴衆に受けていた部分がやはり面白かった(ネタバレだな)。危険なのはISのテロより,コカコーラとマクドナルド,とか。

 AIが何をもたらすか。現在Googleは生物学者を雇っていると言うが,これからは哲学者が必要になるだろう。という話,ネタばれすぎるが,自動運転車のAIの判断(人を轢きそうになって,よけたら崖に落ちるというとき)アルゴリズムをどうするか,消費者は他者優先と自分優先のどちらを選ぶか。といった問題。

 AIは単に知能であって,精神と意識は当分作り出せないだろう,という理由などすごく面白い。お薦めです。

2017.07.26

藤原新也の沖ノ島

 7月に世界遺産に登録されて,一般の人はもう立ち入ることができないという沖ノ島。藤原新也という人はそういう旬な場所を一歩先にかぎつける能力があるみたいだ。昨日BSでその番組を録画してみた。
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 小説まがいのルポというか,ほんとにそんな不思議なことあるの?というような話を次から次に書く人だと思う。同じことは,「みんな彗星をみていた」の星野博美さんにも共通する。世界を旅してエッセイを書くというのには少しあこがれる。藤原新也の場合には,写真がまたすごい。番組では,その場所で空気を感じ,その空気が写せると思ったらシャッターを切ると言っていた。大げさだが,たぶんその通りなんだと思う。直感を研ぎ澄ますというか,普段からそういう訓練というか,写真文学者というジャンルはこれまたあこがれる。8月1日まで,沖ノ島の写真展をやっているので見に行ってみるつもりだ。

2017.07.23

AIが政策提言

 またまた,NHKの番組なのだが,昨日の「AIに聞いてみた~どうすんのよ!にっぽん」である。少子高齢化,人口減少,医療年金問題など将来に不安を抱かせる日本社会の現状をNHKが独自に開発した人工知能に70万ものデータを入力してでた結果からマツコ・デラックスをゲストに討論する番組である。
 細かいことは,他に譲るが,浮き彫りになったのは40代の一人暮らしを減らさないと,日本の将来は危ないという後半の話だった。いま,40代の一人くらしの半分以上の人が非正規雇用で,結婚もままならないくらしをしている。まず,言われてみればそんな気がするが,2,30年前には40すぎて結婚してないなんておかしい,という常識がはっきりと崩れているという事実。で,そういう人たちの数を減らすにはどうすれば良いか,という質問をAIにぶつけると,答えは「賃貸住宅の家賃を1万円安くする」だった。
 
 番組を見ていない人につたえるのは,ちょっと難しいが,今まで政策的に行われてきたのは住宅ローン減税とか持ち家への補助。つまり,結婚前提で家族を抱えた人への厚遇のみで,上記のような一人暮らしの人への対策は何もなかったことに気づく。40代で独身貴族のような人は一握りにすぎず,このまますすめば,一人暮らしの高齢者がどんどん増える一方,そして,そういうライフスタイルは,地域のネットワークも形成せず,孤立した都市生活を加速することになる,という見方だ。介護とか福祉というのは,互助的な社会が前提と思うのだが,そうしたつながりを今後つくるしかない,とコンピューターがはじき出したように感じた。

 家賃が下がったら,一人暮らしが減る,というのだが,一人暮らしを減らすのに,結婚ではなくシェアハウス的な住宅,異世代同居住宅も紹介されていた。なんか,朝ドラ「ひよっこ」のアパート暮らしを思い浮かべた。どう考えてもあのアパートは一人暮らしじゃない,みんな筒抜けで,こんなの嫌だと,言うのがわれわれ今の日本人なのだが,そろそろあの時代にもどろうではないか,というのが正解かも知れない。いや,絶対正解だと思う。

2017.07.21

パチもの

 中国で,勝手に新しいウルトラマンの映画がつくられたとの発表に日本の円谷プロが著作権が侵害されて訴える方針とのニュースがあった。一方,今日の朝日新聞に,JASRACの会長の音楽教室からも徴集する正当性を述べている記事があった。
 偽ブランド品のことを,ばちものとかばちもの,ということを知ったのは映画「下妻物語」だったと思う。すっげ,これ本物のベルサーチじゃんよ。とか疑いもなく大阪のヤンキーは,ぱちもんに身を包むことが当たり前らしい(よく知らない)。
 おなじように,中国なんかでは,ぱちものが偽物と思われていないんだろうと思われる。なので,このウルトラマンの話は当然だと感じるが,やはり音楽教室の演奏に一々著作料を払うのはおかしいと思う。

 そもそもJASRACって音楽の著作権をあつかうのだけど,音楽は作詞作曲演奏者と表現者がいろいろいるうえ,音というのは一回流して消える物ではないか。どう考えたって,演奏したらオリジナルだと思う。楽譜に著作権はつけられないだろう。いやコピーするだけで違法か。このままいくと,鼻歌を歌っただけでお金を取られかねないことになるぞ。

 ところで,ばち物だけれど,一昨日,夏なのでTシャツを3枚買った。良く行くスーパー(イトーヨーカ堂ではない)で,3枚で2000円ちょっと。安い,しかも一枚はMLBのマークが袖の処に付いていてヤンキースとマリナーズがあったのだけど,ヤンキースにした(マー君頑張れ)。これもぱち物ですよね。

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2017.07.20

いい仕事

 Good job!という意味。つまらないといわれるかも知れないが,NHKの番組はおおむねいい仕事だと思っている。祝日ごとに放送される「にっぽん紀行」など,テーマ(話題)を見つけ取材してドキュメンタリーに仕上げるまでを思い浮かべながら見てしまう。もちろん,取り上げられている人々や地域や営みというか生活じたいも素敵なので,感動してみている(音楽も泣かせるんだよね)。先日の九州の男女群島でメカジキを銛でとる漁師一家の話など,有名な白鯨みたいな世界が日本にもあるというだけですごかったし,カメラワークとかもふくめ面白かった。いい仕事してると思う。
 組織としてのNHKに対しては,いろいろいちゃもんがつけられるけれど,中で働いている人たちは,はっきりした目的意識を持ってそれぞれの役割分担を上手く運用できるように工夫したりしていかないと,こういう良い番組はできてこないと思う。いま,いろんな会社で会議とか,きっと退屈だったり,意味不明の合意のためだけに行われているような気がしてならない。みんなの手の届くところに仕事があって,そのためにどうすれば良いかを議論するなら生産的だが,無理な達成目標だの,だれが作ったか分からない資料だのを相手にして,あーだこーだ言っても始まらないと思う。そんなことが増えていやしないだろうか。
 反対に言えば,クリエイティブな仕事というのは,それぞれが具体的で不確定な物(人)を相手にしていくようなタイプの仕事ではないだろうか。想定外のものごとに直面する方が,面白くてやりがいがある。と働くのが嫌な私が想像しても意味ないか。
 

2017.07.19

人工知能~天使か悪魔か

 先月NHKスペシャルで放送された番組(録画)を見た。面白かった。将棋の電王戦(佐藤天彦対PONANZA)が紹介される。すでにチェスも,囲碁も将棋も,コンピューターAIに人間が勝てない時代になっている。ポナンザというその将棋ソフト(AI)は過去の日本人プロ棋士の対局5万回分を教師データとして研究(解析)し,ポナンザ同士を7万回対局させて学ばせているという。人間が7万回対局するには,年に30回としてざっと2千年かかる。これでは,いくら人間の知能とは言え,負けて当たり前という気がする。第一回で先手のポナンザが打つ1手目は3八金。これは人間は絶対に打たない非定石であることを羽生名人が解説する。なるほど,そして佐藤名人はこういったコンピューターの指し手を,神の領域と表現する。
 もう一つは,タクシーに搭載されて客待予想を示す人工知能。まるで,網にかかったかのように次々にお客が現れて,ベテランの経験と勘より明らかにすごい。これも,データがNTTから提供されていて,携帯電話の利用状況などからニーズを割り出すという。こんなことは生の人間にできるわけがない。
 さらに,アメリカでは刑務所での再犯率の判定や,シンガポールだかのバスの運転士の適正判断とか,日本の電話オペレーターの人事とか,人間の査定みたいなことまでAIが使われている実体。それから,証券会社のトレーディングが今やすべてAIであること。

 株取引で動いているコンピューターのディスプレイを見ると分かるが,膨大な情報を瞬時に判断して(要するにある一定の条件にしたがって素早く計算する)答えを出す,ものすごい高性能パソコン(今や大型ではない)の時代だと言うことである。将来,人間の仕事がなくなったりして困るというが,基本的には(最終的には)機械にまかせた方が安上がりになることはどんどんAI化が進むだろう。将棋の羽生さんがコメントするのだが,その時代をAI将棋の世界が先取りしているようだ,という。

 もうすでに,コンピューターの時代であって,例えば,文章を手書きで清書していた時代だったら,こんなブログの一文だって仕上げるのに半日以上かかるだろう。銀行員だってソロバンは使わない,窓口でちょっと電卓をたたく程度。お金の計算などコンピューターそのものの仕事だろう。それでも人手がいるのが不思議なくらいである。
 そういう時代で,悪くなっていることもいっぱいある。昔のこつこつやる仕事が減ったぶん,暇になって人間関係とか人事管理とか,情報社会という面では個人情報の流失とかで気をもみ,SNSの言葉尻で傷つけ合う。子どものに限らずいじめや自殺が後を絶たないのもこんな時代だからだと思う。
 
 だから,机に座ってパソコンをたたいていないで,田舎に行って自然を相手にする方が良いのである。

 

2017.07.15

著作権というけれど

 音楽教室で,練習のために演奏する楽曲に対して著作権料を払うかどうかがニュースになっている。著作権を守らなければならないというのは分かるが,この問題には線引き上グレーが必ずあるはずだ。死後50年とか発表後70年とかだって,恣意的なものだろう。有名なのは漱石が子だくさんで50歳で死んだから,鏡子婦人が印税収入のための著作権にこだわったという話。がめついけれど,さすがは漱石夫人というエピソードというべきか。
 自分で撮った動画をYoutubeにアップして,ちょっと試しにBGMを適当につけてみたら,たちまちこの音楽は著作権を侵害します,と運営側から指摘されて削除した覚えがある。ジャズのモーニンだったけど,まだ著作権フリーではない(確かに50年はたっていない,クラシックも演奏で分かるのかな)と改めて知った。
 この問題のために,JASRACという組織が存在しているのもわかるにはわかるが,偽物で儲けると言うんじゃなくて,一般に流布したいという目的に対しても一々目くじらたてていたら大変だろうなと思う。

 さらに,コピーというものそれ自体の問題がある。無論価格があって著作物が成り立つんだろうけれど,コピーができるから(古くは印刷技術の発達)そもそも出版物があるのである。放送局でダビングとか,映像のレイヤーとか,なしでやれるはずがない。現在学術雑誌などは多くが電子化されていネットで閲覧印刷も可能になっている。古いテレビ放送のお宝映像なんかが誰かの個人宅のVHSに残っているのが救いだったりする。2011年来地デジ化でコピーガードされているが,そういうもの自体が電脳デジタルのおかげそのものだ。やがてはお役所じゃないが,音楽はライブ配信のみ,一回見たら溶けて消える物にでもしないかぎり,著作権なんて守れないことになる。考えてみると,本は一度見たらそれきり読まないことが多いけど,音楽って何回も聞けるんだね(貸本屋というシステムがなつかしい)。

 著作権とよく似ているような気がするのだが,知的財産というものがある。これはフリーにした方が役に立つ。むろんいろんな発明にその人の努力やはたらきに見合う報酬をあげるべきだけれど,一旦できた叡智は,なんだって,そのうち人類共通の発明になる。将来人工知能になったら,人間は働がなくても良くなる(機械による生産で)はずなのだが,みんな人工知能に対しては,自分の職能という権利を脅かされると,戦々恐々としているみたいですね。

 

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