« 生物の大量絶滅 | Main | 日本沈没(続) »

2005.08.23

日本沈没

地学の覚え書き(その2)
 産総研地質情報研究部門の高橋雅紀氏による日本列島のテクトニクスモデルによれば,およそ100万年後までに日本列島(特に東北日本弧)は海中に没してしまうという。まさに「日本沈没」というシナリオだが,前回の続きでこのような興味深い話題が地質学からに提示されていることについて書いておきたい。
 まず,プレート・テクトニクスについて簡単にふれておこう。今では地震の原因が地球表面のプレートの運動によるものであることはたいていの人が知っている。地球の内部の熱が,あたかもお椀によそったみそ汁が,表面にわき上がってくるのと同じように地下のマントルを対流させ,地表付近の冷えて堅くなっている岩盤すなわちプレートを年に数~10数cmの速さで動かしている。太平洋や大西洋の底には熱の湧き出し口である海底火山活動の活発な中央海嶺が連なり,そこから両側に動き出した海洋プレートは,大陸周縁の海溝で大陸側のプレートの下に沈み込んでいる。日本列島周辺の日本海溝,伊豆小笠原海溝および南海トラフなどはその海洋プレートの沈み込み口である。プレートの沈み込みにともなって,ときどき岩盤どうしのずれが起こるが,それが地震となる。またプレートの押し寄せる力が陸地の内部に圧縮力を生じさせ,山を隆起させたり,活断層による地震を発生させたりする。さらに,沈み込みこんだプレートのマントルへの影響で,マグマだまりをつくり,火山活動を活発にする。このように,地震,火山,地殻変動や山脈の形成をプレートの運動によって統一的に説明するのが1950年代から60年代に提唱されたプレート・テクトニクスである(参考URL「地震学入門」)。
今では常識となっているこの事実も,生物学において,遺伝子の本体がDNAであることが示されたのと同じように,つい最近になって定着した知識である。そもそも大地が動いているなどとだれも思わなかった。ことの発端は1910年代にウェゲナーが唱えた「大陸移動説」。それも大西洋をはさんだ南米とアフリカの海岸線の形が,まるでジグソーパズルのように形が似ているのは,かつて,それぞれがつながっていたのが分裂して現在の位置に移動したに違いない,という荒唐無稽な発想によるものとして,はじめは人々に受け入れられなかった。
 私が高校生のころの地学の教科書には,このプレートの考えがようやく登場しはじめた頃だった。それまでの「地球の歴史」や「日本列島の生い立ち」という単元の内容が,プレートの考えによって大幅に塗り替えられていく時期を,高校,大学(自然地理専攻),地学の非常勤講師などとして過ごした。プレート・テクトニクスが広く受け入れられるようになるには,地球物理学からの古地磁気の測定や,海洋底の研究,とくにディーツやヘスによる「海洋底拡大説」がひとつのステップになっている。これらの研究は主にアメリカの研究者らによるもので,これらの知見からはどう考えても大地(大陸も海洋底も)は動いている,という結論が導き出せるのであるが,当時これを受け入れないという立場もあった。東西冷戦の時代のソ連である。坊主憎けりゃ袈裟まで,ではないがイデオロギーの違いが科学の研究にも反映するという例であろう。それが,日本の研究者の間にも,左派系の大学というか,教員養成系の学閥があって,そこではプレート・テクトニクスを認めない立場がずいぶん長くつづいていたと思う。地学の教科書や参考書も,執筆者によって地質構造や造山運動などの名称が異なっていた時期があった。特に,山脈が形成されるしくみ(造山運動)として,「地向斜」説で説明している教科書は80年代に入ってもあった。教科書によって説明が違うというのは,大きな問題だと思うのだが,地学というマイナーな世界のことだからか,今ほどクレーム社会でなかったからか,あまり大きな混乱もなかった(?)のが不思議なくらいである。(つづく)

« 生物の大量絶滅 | Main | 日本沈没(続) »

地学教育」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18559/5595814

Listed below are links to weblogs that reference 日本沈没:

« 生物の大量絶滅 | Main | 日本沈没(続) »