« 「アースダイバー」中沢新一著 講談社刊 | Main | 日本沈没 »

2005.08.20

生物の大量絶滅

または地学についての覚え書き その1
 過去の地球環境に関する知識は,ほとんど地層から得られる。地層をつくる物質の特性やたい積のようすを,現在の自然環境や過去の研究に照らし合わせることによって得られる。これには,地質学という学問が中心的な,最終的な判断を提示すると言っていい。
 このとき,提示されるのはおもに2つのことである。ひとつはその地層がいつ,今よりどれくらい前に形成されたものかということと,もう一つはそういう物質やたい積の仕方がどのような環境(場所)で生じるか,という点である。前者は放射性元素による年代測定法が確立させるまでは,ほとんど推定するだけで,たい積の前後関係は分かっても絶対的な古さまでは分からなかった。後者についても,この地層は一体何?というような,現在の我々が知りうる地球上の環境からはあり得ないものと考えられることがたくさんあった。
 地質学の歴史において,初期にはこのようなよく分からない状態のなかで,2つの考え方あった。それぞれを斉一説,激変説という。斉一説というのは現在起こっている自然現象は,過去からずっと変わらずにあって,現在を明らかにすれば過去にもそれを当てはめることができる,という考え。一方の激変説は,過去の地球はさまざまな天変地異をくり返していて,現在の自然現象をそのまま過去に当てはめるのは無理があるという立場である。
 理屈から言えば,激変説をとると「過去のことは分からない」ということになる。例えば化石に見られるアンモナイトのようなものをノアの洪水以前の今とは別な生物と考えたり,高い山の中にある地層は全部ノアの洪水のときにできたものだ,と考えて,一種の思考停止でかたづけるようなことになる。しかし,そのように考えること自体も現在の地球でおこる自然現象を基に想像しているといえる。したがって,科学的な態度をとれば,つねに斉一説をとりあえず当てはめていくしかない。事実,J.ハットンによる「斉一説」によって近代的な地質学が発展してきた。
 ところが,現在,その「斉一説」から明らかになったのは,地球は驚くべき「激変」「天変地異」をくり返しているということである。恐竜の絶滅が巨大隕石の衝突によるものだったとか,つい最近になって唱えられたことである。
 何が言いたいかというと,「斉一説」はある意味でつまらないということだ。しかし,斉一説を丹念にかつ地道に歩んできたからこそ,現在の地球史の面白い話題が花開いたという感じがするのである。
 高校で学んだ地学が面白くなかったという人も多いのではないか。昔の地学の先生といえば大概「岩鉱」といって,大学で岩石・鉱物を専攻した方が多くて,岩石の分類だの鉱物の結晶構造だの眠くなるような話をしていた,と思う。しかし,プレート・テクトニクスという地学革命があって以来ここ30年くらい,眠くなるような知識が総動員されて,地層に残されたさまざまな証拠から海陸分布や気候変化といった環境変遷が「地質学」プロパーから示されるようになってきた。そして,その研究方法は,還元主義的に細分化された重箱の隅をつつくようなものではなく,研究者個人の洞察力とフィールドワークにおける行動力がものをいうロマンにあふれたものとなっている。
 というわけで,先週岐阜県を旅行した際,鵜沼の木曽川河原にある,古生代ペルム紀と中生代トリアス紀を分ける地層を見に行ってきた。2億5000万年前に起きたスーパープルームによる大噴火が,当時の生物の95%を絶滅に追いやったという。それを記録する酸素欠乏状態におけるたい積物(大量の有機物の集積による炭素を含む地層)がその証拠であるという(写真)Img_2156


 でも,あっけないくらいの厚さしかなくて,本当かな?というのが率直な感想である。
参考URL http://www.brh.co.jp/experience/exhibition/journal/44/research_11.html#2

« 「アースダイバー」中沢新一著 講談社刊 | Main | 日本沈没 »

地学巡検」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18559/5558021

Listed below are links to weblogs that reference 生物の大量絶滅:

« 「アースダイバー」中沢新一著 講談社刊 | Main | 日本沈没 »