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2005.12.30

漱石の問題

 漱石は,結局その悩みを解決できずに(精神分析学的には自ら解決していたとも思えるが)胃潰瘍で死んだわけである。晩年の境地を示す揮毫に「則天去私」があり,亡くなる2年前に学習院で「私の個人主義」という講演を行っている。これでは,自分を確立できたのか,私を去るべきと悟ったのか,矛盾しているという他はない。「こころ」の前に書かれた「行人」の有名な一節
「死ぬか,気が違ふか,夫れでなければ宗教に入るか。僕の先途には此三つのものしかない」
 こんな問題に関わるのはアホみたいと言っていい。しかし,私は(高校生から)自分なりに,この漱石の矛盾を,人間への普遍的な問いとしてずっと抱き,答えを探してきた。解決へいたるいくつかのアプローチが考えられる。
 1つは,こんな問題考えても無駄。誰だって,人生は苦しいものと知っているし,その中でみんなおのおの頑張ってお互いに努力するなかで少しずつ世の中は良くなっているんだし,悩んでいてもはじまらないじゃない。まず,自分の人生設計をしっかりして,幸せをつかまなきゃ,世のため人のために何にもすることもできないんじゃない。
 これは,漱石の小説に出てくる普通の人と変わらない。であるから,問いの前提を無視した判断である。前提が成り立っていない以上,論理的には矛盾はないが,問いに対する答えとは言えない。
 2つめは,漱石は神経衰弱で実際病気だったらしい。芥川だって,太宰だって文学者というのはそういう病的な部分があって人を感化するような作品が生まれるわけだから,漱石については心理学や精神分析学的なアプローチをしていけば良い。時代的には文明開化という新しい日本の産みの苦しみを一人で背負ってくれたのであって,芸術的にも彼なくして日本の近代文学はなかったし,その思想的な影響は,現在の我々にも教養として受け継がれているのであって,めでたしめでたし。
 3つめ。なにも漱石に限った問題じゃない。人間のエゴイズムはお釈迦様や孔子だって,洋の東西を問わずいつでも問題なんだから。うちの女房ときたら‥‥。細木数子に相談したら?
 さて,いつまでも結論をのばすつもりではないのですが,兎に角,安易に片づくことではない,と言いたいのです(つづく)。

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