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2006.01.27

脳とお金

 お金,金銭,貨幣というものが変なものだということは,子どもの頃からの疑問であった。父親に質問したことがある。「お金は,誰が何時どれだけつくるものなの?」言うまでもなく,お金は誰でもたくさんほしい。それを作っているのはどこの誰で,どんなルールにもとづいているのか知りたかったからである。返答に窮した父親は,私を日本銀行の見学に連れて行ってくれた。賢明な親父だったと,感謝している。もっとも,そのしくみを,未だに理解できないのだが。
 お金は,人間にとって,必要な物の量,質を(人によって違う場合も含みつつ)計る単位だと言ったらいいだろうか。また,流通することに大きな意味があるのであろう。いずれにせよ,これが仇や敵(かたき)になる。そう言や,どうも最近,めったにお目にかからない。実際サラリーマンなら,銀行預金の数値(コンピューター上のメモリー)に過ぎない。いまや給料日は,税金を取られる日ともいえる。兎に角,変なものだと思っていた方が無難である。
 ライブドアの旧社長のやり方が違法とか言ってるが,お金の存在を変なものだと思えば,それも変だという気がする。イスラム圏では,金利という概念が違法(ルール違反)と知ったときは感動した。理科の質量不変やエネルギーの法則をバカにするな。ある物はあるし,ない物はないのである。
 猫に小判,というように,お金は言葉と同じようにヒトの脳があつかう典型的な象徴概念である。みんながそう思っているだけのことで,あまり信仰がすぎるのはときどき見直したほうがいい。同じようなことで,中学校の数学で,マイナスの数を理解するのも,人の脳の都合に過ぎないと思う。マイナスなんて借金の概念がなければ生まれないはずだ。マネーゲームに正義も違法もあるかと思う。だって,ゼロサムというルールで参加しているんでしょ。まあ,価値をあげるのに嘘をつくぐらいい大目にみたらどうか。暴落を仕掛けて儲けるヤツの方が悪いにきまっている。
 ちょっと違うが,パチンコやパチスロは好きでときどきやる。あの,パチンコ玉やメダルがザックザク出るのに興奮するからである。おそらく,ヒトの遺伝的素質として,大漁や豊作に無上の喜びを感じるようになっているんだと思う。他愛もないものである。

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