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2015.11.14

縄文時代

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 昔,有名な考古学遺跡と言えば,登呂遺跡(弥生時代の米作り)だったような気がする。あるいは,岩宿遺跡(旧石器時代)。あんまり縄文時代は注目されていなかった。唯一評価していたのは岡本太郎かもしれないが,岡本に対して普通の人はあんまり好意的なイメージを持てないという面もある。無論,青森県の三内丸山遺跡が有名になったが,縄文は,長い間どっちかというと洗練されていない未開の狩猟採集民のイメージだったと思う。先週八ヶ岳へ星見にでかけ(雨で星は見られず,この天候不順はもうまったくエルニーニョの影響),帰りに北杜市の考古館を訪れたら,たまたま土偶展をやっていた。のと,日曜日にまたNHKの番組なのだが,アジア巨大遺跡というシリーズで,縄文時代を再評価していたのを見た。一昨年,三内丸山と亀ヶ岡遺跡を東北旅行でまわったし,このブログでも前に縄文VS弥生に触れた。あるとき,気づいたのだが,日本の弥生時代と古墳時代は記録がないから考古学になるだけのことで,世界史から見れば,文字の時代であり,卑弥呼とかほとんど歴史時代(AD紀元後)の話である。そして,およそ6000年前から紀元前までの縄文時代は,それよりずっと長い時代だということ。しかも,三内丸山などは数千年間もそこに定住していたというから,考えてみると気が遠くなってくる。
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 遺跡をみるといつも思うのは,かつてこの場所で生活していた人たちは,いつどんな理由でここに住むのをやめて,放棄して誰も住まなくなったのか,ということだ。しかし,逆に言えば,長く定住していた縄文遺跡は平和と繁栄の象徴かもしれないと思い始めた。同様に,謎なのは,いつだったか,近くの相模原にある,田名向原遺跡を見学したが,旧石器時代,いろいろな場所で採掘された黒曜石(信州和田峠,伊豆七島の新島など)が,日本中に広まっているということ。このことは縄文時代も続いていて,ひょっとしてすでに街道筋みたいなものまであったのかと思ってしまう。最近の人間は,今が進んだ文明だと勘違いしていて,なんにもそんなに昔と変わっていないか,むしろ昔の方が人間はずっと賢かったのかもしれないと思う。蛇足だが,NHKの洞窟おじさんは現代に生きた狩猟採集民として,とても面白かったし,私は文明批評が昔から大好きなのです。
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          北杜市考古資料館の中空土偶

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