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2017.06.10

養老せんせいとまる(猫)あるいは,続サピエンス全史

 長年理科を教えてきて,ずーっと,科学は人類の叡智だとか,科学的なものの考え方が大切だとか言ってきたような気がする。しかし,この頃歳をとってきて,科学というのも結局ただの信仰にすぎないと思うようになった。
 養老先生が言うように,生物の細胞の中身が,生化学的反応で成り立っているだろうという,漠然とした理解など,まさにそう(信仰)でしかない。1個1個の細胞ごとに,あるいは組織ごとにホルモンやらのはたらきで(それ以外にも恒常性を保つしくみがありそう),何百種類ものタンパク質(酵素)をそれぞれ的確につくったり,動作させたりするしくみなど,おそらく解明できるはずがない。脳科学で,いまだに意識や精神が神経回路としてどうやって生じているか分からないなど,脳が脳のことを考えているだけで,脳に備え付けの思考パターンでは理解できないのだろうと思う。言い方を変えると,脳は科学を発明はしたが,脳の認知能力にはおのずと限界があるということである。私たちの脳は,進化の過程で,ヒト同士のコミュニケーションを円滑にするために(これで人類は大発展をとげた)適応したものだたと思われる。

 つまり「唯脳論」なわけだが,「サピエンス全史」のノア・ハラリ氏も同じことを言っている。ハラリ氏はフィクション(神話,虚構)を信じる力,という認知革命からわれわれの歴史を物語る。養老先生は言語のもつ「同じ」化の能力をあげる。リンゴ,という言葉に,まったく実体としてのリンゴの性質がなくても「リンゴ」で意味疎通が可能というのは,言われてみれば,変な能力である。養老先生の前の飼い猫は,とらやのようかんとそれ以外のようかんを食べる前に識別する能力があるという。わざわざ,世界に1つだけの花などと歌わなくても,「ちがい」が分かるのが野生で,それを忘れ,オフィスで人間関係に煩わされ,疲れている人だらけですよ,というのだ。

 地学で天文を,教えるときには特にガリレオの地動説が科学的思考の原点だ,みたいにいままで考えていた。だが,ハラリ氏の本で,科学のはじまりは,コロンブスの新大陸発見(コロンブスはインドだと思っていた)によって,人類の無知さ加減が実証的に分かったのがきっかけだという見方に大いに納得している。ガリレオなど,ほとんどオレの方を信じよ,といっているようで,地動説の実証(年周視差やフーコーの振り子)にはその後200年以上かかっているわけだから。
 実証というのも,科学は実証によって成り立っていると漠然と考えているが,それによって明らかになったことは,人間の感覚とかけ離れているものが実はほとんどではないだろうか。コペルニクスしかり,アインシュタインしかりである。今のところ科学の基礎となる数理や物理にどれほど普遍性があるのか,実はわからない。宇宙の他の知性はまったく別の解釈をしている可能性もある。なぜなら,重力と加速度,時間と距離なども,もとは人間の感覚からはじまった概念だと思えるからだ。しかも,現代の科学の内容をすべて理解できる人がどれくらいいるかといえば,専門家がそれぞれにいて,なんとか破綻せずに築かれているものの,一般には,ラジオのしくみさえ知らない人がほとんどである。つまり,これが科学は信仰とかわらないゆえんである。
 もちろん,信頼性や,役に立つという点で,宗教道徳やお祓いにくらべて人類は進歩したと言えるのかもしれない。しかし,同時に放射能汚染とか,人工知能とか,われわれ自身を脅かすものも作り出しているのである。ハラリ氏の本の特徴は,人(ヒト)の幸福とは何か,を基準にしていることである。農耕で,人類は爆発的な人口増加を図ったが,果たしてそれが幸せだったか。このような問を立てたことは今までにあっただろうか。一例をあげると,昔に比べてヒトの平均寿命が飛躍的に伸びたのは幸福だというかも知れない。ただし,それは乳幼児死亡率が高かったからで,成人した人の長寿者(80,90まで生きる人)はむかしから変わらないという。2012年に世界で戦争や紛争によって命を落とした人は62万人であるのに対して,糖尿病で命を落とした人は150万人だそうである。今や兵器より砂糖の方が危険というのだ(最近のインタビュー記事より)。
 
 NHKの番組で養老先生とご自宅の飼い猫「まる」が紹介されていた(猫も杓子も~ネコメンタリー3月26日放送)。いつも,理屈をこね回しているのに疲れた,と評した方が良いのかも知れないが,猫を見て,うらやましがる。番組の最後のころ先生が,つぶやく。「これでいいんですよ。生きてくの。どっちみちたいしてかわんねぇんだから」が秀逸だった。生きているということは,違いの連続であり,みんなと同じをありがたがっているご,むしろそれで疲れ切っているのではないか。ハラリしも瞑想を日課にしているそうだが,自然と渾然となる体験を重ねれば,新鮮な日々を送れるのではないだろうか。

 すでに多くの人はマスコミやテレビニュースが,真実を報道しているとは思っていないだろう。小学生だってうすうす気づいている。政治家は強引に自分が正しいと言い張っているにすぎない。そんな主張につきあうのもばかばかしい。だが,この道はいつか来た道で,そのうちみんなで協力して(一致団結して)戦争をはじめるに違いない。そうならないためには,と私はハラリ氏や養老先生をこれからも称揚していくつもりだ。

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   新橋駅近くの電通ビル(この鋭角は‥‥ちょっと不気味ではと思った)

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