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2017.11.15

南多摩の思い出③

 高校から大学生にかけて、70年代の後半であるが多摩ニュータウンはさらに開発を続けていった。造成地をみるのが当たり前だったし、造成地で遊んだり、地学の授業で化石堀りもしたし、仮面ライダーのような戦隊もののロケもよく行われていた。子供はどこでも遊び場にするが、刻々と変化する造成地は、飽きるほどたくさんあり、変化していった。そして、尾根幹線を超えて南側には手つかずの多摩丘陵の姿(谷戸地)が残されていることにも気づいた。そういうドキュメントタッチの姿を気まぐれに写真に撮っていただが、ネガを紛失してしまい惜しいことをしたと思っている。

 初期のころは、商店街にまずまずの活気があった。ただし、ちょっとした買い物、例えばレコード店などは聖蹟桜ヶ丘まで行かなくてはならなかったし、普通の街にはたいていある金物屋(工具などもそろえた)もなかった。成人式をむかえたころ、皆で新宿の高層ビルの中のパブに飲みに行こうとかなんとか言っていのを覚えている。ここは田舎であるという意識はずっとあり、当時目黒区にあった大学まで1時間30分かかって通うのが億劫だった(91年に南大沢に大学の方が引っ越してきたが)。

 80年代の後半からあとは独立して実家を離れたので、どんな変化があったのかはよく知らない。調べてみると、89年に多摩センターに「そごう」が開店して、2000年に閉店している。このことを見てもあまりぱっとした地域ではないと思う。しかし、それから、かれこれ十年以上たってずいぶん様変わりしていたので、びっくりしたというのがこの感想になっています。もう一度住みなおそうかな、とおもったり。21世紀というのが子供のころには未来に思えたの、それがそろそろ20年もたつという、時の流れを実感することが最近多いです。

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