映画・テレビ

2017.10.21

NHKの北斎番組

 9月から、宮崎あおいが演じた娘のお栄(応為)のドラマ、ほか北斎とゴッホ、神奈川沖浪裏、赤富士などの北斎をテーマにした番組が、数えたら7つもあった。大体録画してみて、改めてすごい絵師(画家)であることを認識した。富岳三十六景は70過ぎてからの仕事とか最初の赤富士はピンク富士だったとか、神奈川沖浪裏の波の形はフラクタルで5000分の1秒のハイスピード撮影でなければ見えないとか、どれも超絶技の話が面白かった。天才であるゴッホの絵にほとんど影響を与えているのだから、世界最高の画家かもしれない。

 生涯に93回引っ越しをしたとか、娘のお栄のジェンダーフリーな姿とか、生き方も好きになる。

 選挙があったり台風が来たり、世間は騒々しいが、運慶だの北斎を楽しむ方よほど良い。

2017.10.19

NHKEテレオイコノミア「おしゃれの秋!ファッションの経済学」

 NHKばかり見ている。民放のコマーシャルはうるさいし、そもそもつまらない番組が多い。で、表題の番組だが、流行ということについて考えていた。流行とは何か。
 基本、今までになかった新しいものである。しかし、変なのもでははやらない。みんながほしがるもの?というと、まず、誰かがこれ良いよね、という始まりがある。ここで良いとは何か。ファッションの場合、場合によってはぜんぜん機能的なかったり、ほんとに意味の分からないムーブメントであることもしばしば。予測ができない。又吉という人もそういった人にはない流行をつかむ感覚の人だと思う。 篠原ともえも出ていて、この人は結構普遍的な感性を持っているし。

 スノッブとバンドワゴンという話など、社会心理学の用語らしいが、面白かった。

 若い女性がワンレンボディコンという時代が思い起こされる。で、逆説的に今より80年代は、皆貧乏だった。大学生がスーツを欲しがったという。ただし、就活のためではなく、彼女とデートするのに必要だった、というのを今さら思い出した。現在の学生など、ファッションなど二の次で、昔の方が洋服への出費が多かった、とか大いに発見がある番組だった。l

 

2017.10.02

ETV特集 いきものがかり水野良樹の阿久悠をめぐる対話

 もう,先週の番組だが,タイトルからして面白そうなので録画して見た。いきものがかりは,結構昭和が入っていると言われているし,作詞作曲も上手い。水野は,もう個人的な思いが普遍的に伝わる時代ではない。一人一人異なる価値観や経験の時代にどうやって曲を作るか悩み,70年代に時代をとられていたという阿久悠について,思いをつのらせたという。ロッキングオンの渋谷陽一が,その昔,ビートルズはそれまでの欠落部分を補うことでヒットした,と言ったように,70年代の歌謡曲はピンクレディーに象徴されるような実験的な奇抜さがあって,そんな時代はもう二度とやってこないとも言えるだろう。しかし,北の宿からや津軽海峡冬景色のような,寒さながらに編むセーターとか,夜行列車を降りると雪だったりとかの叙情は,やはり阿久悠にしか書けなかったのだろう。番組の中で,糸井重里が「サカナはあぶったイカでいい」(舟歌)というのはもはや思想だと言っていた。
 
 番組では阿久悠作の「愛せよ」という詩に水野が曲をつけてレコーディング(歌手は山本彩)の様子までを伝える。なかなか,良いメロディーだし良い曲になっていた。これがコマーシャルではない(結果としてなったとしても)のがさらに感動的だった。
 
 上手く言えないが,これも昔のスネークマンショー(知ってる?)のように,良いものは良いんですよね,としか言えない。大衆芸術というか,万人受けするものは,これからも生み出されると思うし,水野の一途さが伝わってきて,いきものがかりをはじめとしてこれからの活動に期待したいと思った。

 

2017.09.17

昭和歌謡

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 NHKBSのたけしのこれがホントのにっぽん芸能史「J-POPvs昭和歌謡」を見た。このシリーズはどれも面白い。ただ,コミックバンドの回で,ビジーフォーが出てこなかったのが解せなかった。それはさておき,多くの人(中年以上)は,音楽は昭和を(それ以外でもだが)懐かしがるのではないだろうか。単に懐メロというだけでなく,単純に言えば,メロディーも歌詞も,インパクトもすでに実験済みで,平成の音楽は昭和か何らかのパクりか,気まぐれでしかない気がしてくる。

 この番組でも,結論はおなじで,とくにアイドルの発生パターンは,70年代の中三トリオ(森,桜田,山口)の出現を,80年代に松田聖子が踏襲した路線が,2000年代のモー娘からAKBへバトンに酷似している。また,平成の小室哲哉プロデュース(安室,華原など)は,宇多田ヒカル(母藤圭子)の昭和回帰によって終わった。みたいな解説は面白かった。

 どっちにしても,平成が来年で30年。21世紀も17,8年になるということをつくづく感じた。イチローが大リーグで3000本もヒットを打ってしまったんだから,時はそれなりに過ぎているのである。自分にとっては,子どもから青春時代の思い出が一番で,仕事とか大変な頃の音楽なんてぜんぜん知らない。けれどこういう番組をやってもらうと,いろいろ時代というものを考えさせてもらえる。振り返ることも,とてもためになる。とつくづく思う。


2017.09.07

デナリ大滑降

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 NHKスペシャルの「デナリ大滑降」(9/3放送)を見た。標高6000mを越える,アラスカのデナリ(マッキンリー)山を頂上付近からスキーで滑降するという冒険の記録。かつて植村直己が命を落としたあの山だ。すべて4Kで記録したという。とにかく,白い雪と透き通る青空が美しい。スキーで傾斜50度といったら,ほとんど垂直に見えるはずだ。ハラハラドキドキする。こういうドキュメンタリーに50分息もつかせず見入ってしまうのだから,下手な番組は見たくなくなる。映像化できる器材や登山技術の進歩もさることながら,人の体力の限界とか,撮影スタッフの強靱さ(だって主人公に同行しているほうが淡々としている)を思うと,なんてことだと思わざるを得ない。ヘリコプターからの映像もすごい(ドローンがもてはやされてるが)。金がかかっている。お薦めですが,再放送も終わっているみたい。残念。


2017.07.26

藤原新也の沖ノ島

 7月に世界遺産に登録されて,一般の人はもう立ち入ることができないという沖ノ島。藤原新也という人はそういう旬な場所を一歩先にかぎつける能力があるみたいだ。昨日BSでその番組を録画してみた。
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 小説まがいのルポというか,ほんとにそんな不思議なことあるの?というような話を次から次に書く人だと思う。同じことは,「みんな彗星をみていた」の星野博美さんにも共通する。世界を旅してエッセイを書くというのには少しあこがれる。藤原新也の場合には,写真がまたすごい。番組では,その場所で空気を感じ,その空気が写せると思ったらシャッターを切ると言っていた。大げさだが,たぶんその通りなんだと思う。直感を研ぎ澄ますというか,普段からそういう訓練というか,写真文学者というジャンルはこれまたあこがれる。8月1日まで,沖ノ島の写真展をやっているので見に行ってみるつもりだ。

2017.07.23

AIが政策提言

 またまた,NHKの番組なのだが,昨日の「AIに聞いてみた~どうすんのよ!にっぽん」である。少子高齢化,人口減少,医療年金問題など将来に不安を抱かせる日本社会の現状をNHKが独自に開発した人工知能に70万ものデータを入力してでた結果からマツコ・デラックスをゲストに討論する番組である。
 細かいことは,他に譲るが,浮き彫りになったのは40代の一人暮らしを減らさないと,日本の将来は危ないという後半の話だった。いま,40代の一人くらしの半分以上の人が非正規雇用で,結婚もままならないくらしをしている。まず,言われてみればそんな気がするが,2,30年前には40すぎて結婚してないなんておかしい,という常識がはっきりと崩れているという事実。で,そういう人たちの数を減らすにはどうすれば良いか,という質問をAIにぶつけると,答えは「賃貸住宅の家賃を1万円安くする」だった。
 
 番組を見ていない人につたえるのは,ちょっと難しいが,今まで政策的に行われてきたのは住宅ローン減税とか持ち家への補助。つまり,結婚前提で家族を抱えた人への厚遇のみで,上記のような一人暮らしの人への対策は何もなかったことに気づく。40代で独身貴族のような人は一握りにすぎず,このまますすめば,一人暮らしの高齢者がどんどん増える一方,そして,そういうライフスタイルは,地域のネットワークも形成せず,孤立した都市生活を加速することになる,という見方だ。介護とか福祉というのは,互助的な社会が前提と思うのだが,そうしたつながりを今後つくるしかない,とコンピューターがはじき出したように感じた。

 家賃が下がったら,一人暮らしが減る,というのだが,一人暮らしを減らすのに,結婚ではなくシェアハウス的な住宅,異世代同居住宅も紹介されていた。なんか,朝ドラ「ひよっこ」のアパート暮らしを思い浮かべた。どう考えてもあのアパートは一人暮らしじゃない,みんな筒抜けで,こんなの嫌だと,言うのがわれわれ今の日本人なのだが,そろそろあの時代にもどろうではないか,というのが正解かも知れない。いや,絶対正解だと思う。

2017.06.12

SWITCHインタビュー 古坂大魔王vs.田原総一朗あるいは反知性主義(森本あんり)

 ピコ太郎というのは,嫌いなのだが気になる。そのプロデュースをした(本人)の対談番組というので録画して見た。なにが嫌い(違和感)といって,あの風体は典型的な「ヤンキー」というもののはずだからだ。私のような世代からは,不良の呼称というのは,つっぱり,暴走族やスケバン,しかない。いつからヤンキーが不良をさす言葉になったのか,べつに知りたいと思わないが,不良つまり反社会的行動の質が反体制的ではない,体制べったりの不良。かといって右翼でもないし,思想的反骨が感じられない。斉藤環という人がマイルドヤンキー(化)という語を使っているけど,それがヤンキーの雰囲気を良く表していると私は思う。私の中には,暴走族にも一分の理,みたいなものがある。私が通っていた都立高校には,当時クラスに1か2人暴走族に入っているヤツ(友達)がいたし,学生運動の余韻というか反体制(左翼的教員もいた)的な空気が70年代というものだった。
 要するに,自分の欲目でしかないが,われわれの若い頃は時代的雰囲気が今より知的だった,と言いたいのである。
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 ICU(国際キリスト教大学)の副学長という森本あんり氏の「反知性主義」(新潮選書)はもう一昨年出た本だが,ピコ太郎とつなげて取り上げておく。ただ,ここで,現在,日本に反知性主義が蔓延していると言うつもりはない。この本によれば,反知性主義とは,アメリカという国の歴史に根ざした現象をさすものであって,決して反知的なムーブメントをさすわけではない。まあ共和党的なもの,キリスト教福音主義原理主義的なものではあるが,言葉として日本に当てはめるのは誤解のもとと言っておいたほうがいい。ただ,副題にもあるように,「熱病」のようにトランプ政権を誕生させたものの正体と考えて良く,日本にも,似た状況が生じているとも思う。イギリスやフランスがちょっと違うのは,簡単に言えば,歴史の古さと言える。とにかく,とてもためになったた本である。
 
 ピコ太郎こと古坂大魔王さんは,もともとお笑い芸人だったそうで,ネプチューンやクリームシチューなどと同年代で,ずっと売れなかったという。音楽(を取り入れたダンス)にこだわりがあることが,災いしたらしく,それでも,あの立川談志が高く評価していたというから,やっとブレイクしたということのようだ。本人曰く,お笑いが,風刺や体制批判をすることはもうできない(その反動で事務所やスタッフに迷惑がかかるから),バカをやって喧嘩や争いごとを少しでもなくせる(平和に貢献できる),くらいではないか,という。なんだか,聞いていて哀れになってきてしまった。行き詰まった末に,テレビでなく,50秒間の動画をネット配信(全部自腹だそうで)するという方法を考えついたのだという。テレビ(とともに活躍できた)しかない田原総一朗とは対照的に,メディアの持つ力をよく考えていると思った。

 なんだかんだ言って,結局教育だったのかと思う。東京教育大を筑波大に解体し,日教組をつぶし,教員採用試験や共通一次試験,一斉学力テストなどで,公立学校をしばり,イエスマンを大量につくることをジャブのように続けて今日に至ったのかなーと思う。あまり説得力がないが,模索をつづけます。


2017.06.10

養老せんせいとまる(猫)あるいは,続サピエンス全史

 長年理科を教えてきて,ずーっと,科学は人類の叡智だとか,科学的なものの考え方が大切だとか言ってきたような気がする。しかし,この頃歳をとってきて,科学というのも結局ただの信仰にすぎないと思うようになった。
 養老先生が言うように,生物の細胞の中身が,生化学的反応で成り立っているだろうという,漠然とした理解など,まさにそう(信仰)でしかない。1個1個の細胞ごとに,あるいは組織ごとにホルモンやらのはたらきで(それ以外にも恒常性を保つしくみがありそう),何百種類ものタンパク質(酵素)をそれぞれ的確につくったり,動作させたりするしくみなど,おそらく解明できるはずがない。脳科学で,いまだに意識や精神が神経回路としてどうやって生じているか分からないなど,脳が脳のことを考えているだけで,脳に備え付けの思考パターンでは理解できないのだろうと思う。言い方を変えると,脳は科学を発明はしたが,脳の認知能力にはおのずと限界があるということである。私たちの脳は,進化の過程で,ヒト同士のコミュニケーションを円滑にするために(これで人類は大発展をとげた)適応したものだたと思われる。

 つまり「唯脳論」なわけだが,「サピエンス全史」のノア・ハラリ氏も同じことを言っている。ハラリ氏はフィクション(神話,虚構)を信じる力,という認知革命からわれわれの歴史を物語る。養老先生は言語のもつ「同じ」化の能力をあげる。リンゴ,という言葉に,まったく実体としてのリンゴの性質がなくても「リンゴ」で意味疎通が可能というのは,言われてみれば,変な能力である。養老先生の前の飼い猫は,とらやのようかんとそれ以外のようかんを食べる前に識別する能力があるという。わざわざ,世界に1つだけの花などと歌わなくても,「ちがい」が分かるのが野生で,それを忘れ,オフィスで人間関係に煩わされ,疲れている人だらけですよ,というのだ。

 地学で天文を,教えるときには特にガリレオの地動説が科学的思考の原点だ,みたいにいままで考えていた。だが,ハラリ氏の本で,科学のはじまりは,コロンブスの新大陸発見(コロンブスはインドだと思っていた)によって,人類の無知さ加減が実証的に分かったのがきっかけだという見方に大いに納得している。ガリレオなど,ほとんどオレの方を信じよ,といっているようで,地動説の実証(年周視差やフーコーの振り子)にはその後200年以上かかっているわけだから。
 実証というのも,科学は実証によって成り立っていると漠然と考えているが,それによって明らかになったことは,人間の感覚とかけ離れているものが実はほとんどではないだろうか。コペルニクスしかり,アインシュタインしかりである。今のところ科学の基礎となる数理や物理にどれほど普遍性があるのか,実はわからない。宇宙の他の知性はまったく別の解釈をしている可能性もある。なぜなら,重力と加速度,時間と距離なども,もとは人間の感覚からはじまった概念だと思えるからだ。しかも,現代の科学の内容をすべて理解できる人がどれくらいいるかといえば,専門家がそれぞれにいて,なんとか破綻せずに築かれているものの,一般には,ラジオのしくみさえ知らない人がほとんどである。つまり,これが科学は信仰とかわらないゆえんである。
 もちろん,信頼性や,役に立つという点で,宗教道徳やお祓いにくらべて人類は進歩したと言えるのかもしれない。しかし,同時に放射能汚染とか,人工知能とか,われわれ自身を脅かすものも作り出しているのである。ハラリ氏の本の特徴は,人(ヒト)の幸福とは何か,を基準にしていることである。農耕で,人類は爆発的な人口増加を図ったが,果たしてそれが幸せだったか。このような問を立てたことは今までにあっただろうか。一例をあげると,昔に比べてヒトの平均寿命が飛躍的に伸びたのは幸福だというかも知れない。ただし,それは乳幼児死亡率が高かったからで,成人した人の長寿者(80,90まで生きる人)はむかしから変わらないという。2012年に世界で戦争や紛争によって命を落とした人は62万人であるのに対して,糖尿病で命を落とした人は150万人だそうである。今や兵器より砂糖の方が危険というのだ(最近のインタビュー記事より)。
 
 NHKの番組で養老先生とご自宅の飼い猫「まる」が紹介されていた(猫も杓子も~ネコメンタリー3月26日放送)。いつも,理屈をこね回しているのに疲れた,と評した方が良いのかも知れないが,猫を見て,うらやましがる。番組の最後のころ先生が,つぶやく。「これでいいんですよ。生きてくの。どっちみちたいしてかわんねぇんだから」が秀逸だった。生きているということは,違いの連続であり,みんなと同じをありがたがっているご,むしろそれで疲れ切っているのではないか。ハラリしも瞑想を日課にしているそうだが,自然と渾然となる体験を重ねれば,新鮮な日々を送れるのではないだろうか。

 すでに多くの人はマスコミやテレビニュースが,真実を報道しているとは思っていないだろう。小学生だってうすうす気づいている。政治家は強引に自分が正しいと言い張っているにすぎない。そんな主張につきあうのもばかばかしい。だが,この道はいつか来た道で,そのうちみんなで協力して(一致団結して)戦争をはじめるに違いない。そうならないためには,と私はハラリ氏や養老先生をこれからも称揚していくつもりだ。

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   新橋駅近くの電通ビル(この鋭角は‥‥ちょっと不気味ではと思った)

2016.09.20

巨災対

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 シン・ゴジラ。きのう2回目を見てきた。情報量が多く,リピーターがたくさんいるようで,ご多分に漏れず,えっ,そんな場面があったの?と,確かめたく,同じ映画を劇場で2回見たのは初めてのような気がする。

 東京に住んでいる人にとっては,ロケ地というのか,場所がリアルすぎる。多摩川とか蒲田とかほぼ地元と言って良い。また,ゴジラという厄災なのだが,ほとんどの人が地震や原発事故を連想していると思われ,こんな時どうやったら逃げのびられるか,身をもって体験している感がつよい(地下鉄構内も停電するし,車は渋滞し,地方にバスで避難するとか)。

 もう一つは,実際の総合火力演習のごとく自衛隊の火器(対戦車ヘリコプター,戦車,ジェット戦闘機は航空自衛隊)が使われ,その命令場面と政府内閣のやりとりなどが,さもありそうで,いろいろ腑に落ちるように作られていると思う。ツイッターの書き込みや動画サイト,官邸の記者会見をテレビで見せるあたりとか。

 そして,巨災対(巨大不明生物災害対策本部)の知恵とアメリカの圧力とのからみなどが,日本っぽく描かれる。ハリウッド映画だと,とんでもない金目当て野郎と知力に優れた正義のヒーローが最後は力(暴力)の対決になるけど,こちらはみんなで力を合わせ,(和をもって)呉爾羅という荒ぶる神をお酒(ヤシオリ)で鎮めるという図式は,どうも日本的だ。ここまで,2か月近くたっているので,すでにネタバレの問題はないだろう。

 そんなこんなで,久々にエポックメイキングな映画になると思う。この,ブログの初めは,「昭和と怪獣」というテーマからはじめたので,とっておきのDVD>「サンダ対ガイラ」や「妖星ゴラス」をまた見ようかとおもっている。