携帯・デジカメ

2016.11.02

Nik Collectionと西沢渓谷の紅葉

 11月1日,山梨県の西沢渓谷に行ってきた。一昨年の9月にも歩いていて,紅葉の名所,ちょっと長めのハイキングコースで山歩きの入門者向けに知られた場所である。山登りではなく,周遊コースではあるが,渓谷沿いの道は岩がごつごつしているし,滑りやすく,くるぶしまでしっかりしたトレッキングシューズが必要で,標高は1200mもある。

 したがって,下界より紅葉は早く,10月下旬ぐらいが見頃だ。狭いコース(いちばん奥には七つ釜五段の滝など)に紅葉スポットがひしめいており,混雑する土日祝日を避け,かみさんも休みだったので出かけることができた。まずは写真をご覧あれ。
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    七つ釜五段の滝,すでに葉が落ちてしまっていた。

 これらの写真は,皆色を引き立たせる加工をしていて,実は自然な色合いとは言えないのだが‥‥。デジカメ時代だからパソコンで,明るさ,コントラスト,色の調整が簡単に自在にできてしまう。初心者向けのフォトショップエレメントというソフトと,ネット上で無料ダウンロードできるNik Collectionというソフトを使っている。紅葉もこんなに派手にできる。
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 コース途中の展望台から
 向こうに見える甲武信ヶ岳と鶏冠山(左)は2000m級の亜高山帯針葉樹林なので紅葉は見られないことが分かる。

 こんなに良い天気に紅葉が見られて,久々にラッキーな1日でした。

2014.12.21

カメラの問題①

 世の男性の1割くらいの人は,カメラに関心を抱くタイプなのではないだろうか。類は友を呼ぶというから,自分だけの感覚かもしれない。よくわからない実際には5%くらいだろうか。写真で記録をのこすということなら,現在はスマホですんでしまうために,うちのカミさんでもむやみにスマホのカメラを利用している。だが,日本にNikonとCanon(PENTAXなども)という世界を席巻するカメラブランドがあると言うことをどう解釈すべきだろうか。日本工業会のデータを見ると,現在(ここ数年の平均)1年間におよそ5000万台のデジカメが販売されているという。国民一人あたり,2年に一台は買っている計算だ(輸出も含まれているのかも)。
 ここで,カメラユーザーを大まかに分類すると,①家族の日常や旅行の思い出づくり(ブログやSNSのためも含む)の記録用として使う人,②風景写真や自然(野鳥,天体,花虫など),鉄道,アイドルなど専門的な趣味のためにカメラと写真が必要な人,③報道関係やプロの写真家,の3つだろうか。①にしろ②,③のユーザーでもカメラの需要は相当数ある。話はどこまでも深くなりそうなのだが,カメラほど,多くの人が購入しつつ,精密さやしくみのスペックが多様かつピンキリで買い換え需要もかなりの頻度であるものはないのではないだろうか。無論おなじことは今や必需品のパソコンにも言えるし,性能とデザインの好みと高級感でいえば腕時計もそうかもしれないが,歴史的に機能やしくみにそれほどのバラエティーはない。テレビなどの家電製品も同様,趣味的という意味でオーディオと対比することも出来るが,新たに情報をつくり,記録するメディアとしてカメラはその歴史もふくめ,やはり独自の意味をもった機器として位置づけられると思うのである。
 といっても,関心のない人にはカメラはただのカメラであってたいした問題ではあり得ない。実は,私の父は,兄(私の叔父)と生涯仲が悪かった。その理由がカメラにあったと聞いたとき,分からないこともないと感じた。父の所有していた大切なカメラをなにやら叔父が滅茶苦茶に壊してしまったことが原因だというのである(なぜ壊したのかは知らない,それが原因だろうけれど。とにかく,同じ東京に住んでいた実の叔父でありながら,私は小さい頃にたった一度しか会わせてもらったことがなかったのだから,その仲の悪さというのは半端ではない=カメラの問題)。
 現在,私はデジカメを4台使用している。それ以外に眠っている1眼レフデジカメが1台とフィルムカメラが5台(クラシックカメラも含めて)ある。今までに買って売ったり,あげたり(捨てたり?)したカメラもあと5台はあったと思うが,これは決して多いわけでもないと思う。そういえば,使い捨てカメラ(正確にはレンズ付きフィルム)が主流になった時期もありました。このブログですでに天体写真を載せているので,わかるとおり,デジカメがここまで進化しようとは夢にも思わなかったし,これを機にカメラについて語ってみたくなった。とりあえず前置きここまで。

カメラの問題②

 それで,私がカメラを使い始めたのは,小学校6年の修学旅行に父がわざわざコニカC35を買ってこれを持って行けと与えられたのが最初(1968年のこと)。父にしてみれば,家の息子はこんな最新機種を持っているんだぞ,と見栄をはりたかったのだろうが,わたしもまんざらではなかった。当時父はペンタックスの1眼レフを2台,それぞれ標準レンズと135mmの望遠レンズを1本持っていた。これだけ持っているというのは,その時代でマニアの部類に入ったと思うが,逆にペンタックスが大衆向けの本格カメラを発売した時代でもあったと思う。ウィキペディアで調べてみると,さらに2眼レフの時代があって,これもリコーフレックスという普及機がカメラの大衆化に大きく関わっていたことが分かる。このリコーフレックスも家にあった。1眼レフというのは,2眼レフのしくみを進化させたできた呼称で,かつ現在レンズ交換式カメラの一般的な呼び名になっている(ライカのようなフォーカルプレーンシャッター式のカメラを除いて)。レフというのは反射鏡のことで,現在のミラーレス1眼に通じるのであるが,ファインダーを覗いて撮影対象のピントや露出などを決めるのにミラーを使うしくみのこと。そのためのレンズも別にもう一つ用意したものを2眼レフという,上からのぞき込んで構図とピントを決める縦長の大きいクラシックカメラのことだ。つまり,1眼とレフはこのカメラの形式そのものを意味する呼び名なのである。その1眼レフの一般的な普及をはじめて可能にしたのが,アサヒペンタックスであった。ペンタというのは,五角形の意味で,上が三角にとかがっている中にペンタプリズムというのを仕組んだのが一種の発明だ。ペンタックスに続いてNikonがニコンFという1眼レフを出すが,堅牢で,主にプロすなわち③のユーザー向けだった。で,①むけには,オリンパスペンというハーフサイズのレンジファインダー式コンパクトカメラが主流だった中,コニカが露出自動(AE)の35mmフルサイズの安いコンパクトカメラを発売したのであった(ほんとに軽い)。
 写真とカメラというのは,本来それ相応に科学知識が前提となって取り扱うべき代物で,ピント(焦点距離と明るさ),露出(絞りとシャッタースピード)=「物理学」,フィルム,現像,=「化学」といった込み入った作業がともなうものだ。今や35mmフィルムを知らない人も増えているのだろうが,こういった複雑な作業を次々にオート(自動化)したのが,コニカ(小西六)のC35(露出オートAE)の流れである。これを皮切りに,室内などで明るさ(露出)が足りない時に必要なフラッシュを組み込んだピッカリコニカ,オートフォーカスのジャスピンコニカ,さらにフィルムの装填と巻き上げのオートが標準になった(たしかジャーニーコニカ)。フィルム(写真感版ではないという意味だよ)にも,ブローニーとマガジンに入った35mmから巻き上げオートが前提のAPSカートリッジまで(現在センサーに名をとどめている)あった。現像とプリントも自分でやるのが学校の写真部の部活動の醍醐味でもあったことを思うと,ほんとに隔世の感と,なんて味わい深い楽しい話題だろうと思う(つづく)。

カメラの問題③

 実は,カメラの流れにはもう一つ,高級志向というかお金持ちまたはコレクターしか手が出せない領域というのがあって,ライカである。私はライカを持っていないし欲しいと思ったこともない。そのつくりの良さや独特の感触は分かっても,買えないので欲しくない,酸っぱいブドウだ。新宿西口のマップカメラ(中古カメラ専門店)にいくと,ライカを気軽に自由に触らせてもらえる。ライカのデジカメ機種は日本のそれと比べて,でかくて重くて,値段もやはり理解を超えている。というわけで,このライカには触れないことにする(これで1つの問題だが)。
 なんで,カメラのことを話題にしたくなったかというと,9月にミラーレス1眼(FujiX-E1)を買ったからである。最新機種はX-E2なのであるが,形落ちして安かったので,Amazonでポチしてしまった。これが非常に気に入っている。質実剛健と行ったら大げさかもしれないが,最近のカメラの傾向を打ち破って,シンプルで必要な条件を満たそう設計されたように感じたのである。その理由として「ミラーレス1眼」について説明が必要だろう。この文言(言葉)は,販売用に機種の分類に使われたにしろ,とっさに矛盾した感じがするのだ。実はカメラのデジタル化は,カメラに大きな制度変更?を余儀なくしたはずなのである。もともと写真とは,私たちの目にする,動的な視覚とは異なる,一瞬を切り取る技術なのである(近頃のデジカメは動画も撮れる。ビデオカメラはもういらないのかも)。当初写真というのは,銀塩(AgCl)をもとにした技術で,フィルム(感板)は一度光をあてて感光してしまったらおわりで,いかに光を当てないように装填するか。という目的のために考え出されたしくみがカメラなのである。その最終的な形が1眼レフである。必要に応じてレンズを交換し,シャッターを閉めておいて,正確な構図,ピント,露出を決めるためにミラーが必要なので,一眼レフという。この「レフ」がミラーなので,「ミラーレス一眼」と言われるとその後に「レフ」がくる感じで私は矛盾していると感じる。フィルムがなくなったデジカメのセンサーでは光があたっていようと,いつでも電気的にコントロールできてしまうため,シャッターとファインダー,そしてミラーがいらなくなってしまった。どこかへ置き忘れた,はじめて買ったコンデジ(コンパクトデジカメ)には素どうしのファインダーがついていが,その後のコンデジからほとんどファインダーが消えて,液晶モニターで撮るようになった。そして,ミラーレス1眼が登場したが,これは完全にファインダーを無視してしまった。
 最初は携帯やスマホを前にかざして写真を撮っている姿を見ると違和感があったものだが,自分もいつの間にかカメラをかざして構図を見てシャッターを押している。人垣がじゃまなときなどには便利だが,屋外で夏の強烈な日差しのもとだと,液晶モニターは見えない。これではプロの写真は撮れない。ので,デジタル1眼レフにはそれなりの意味があった。が,ミラーはもう必要ないはずなのである。で,ミラーレスでビューファインダーがついたもの。それが,FujiのXシリーズである。1眼ではないがX10(現在X30)も欲しい。1眼レフでは,Canonを使ってきたが,デジタルになってファインダーを覗くと,鼻息がモニターにもろにぶつかって,濡れたりする。kissX5ではモニターをフタすることも出来るが,写り具合を確認したりするのに必要だし,なんだかしっくりしていないではないか。その点,X-E1は,右目で覗くと液晶が頬があたるくらいで息も楽だ(笑)。さらに,ミラーレスというのはミラーがないからボディーがコンパクトで,レンズのフランジバックが小さいため,アダプターを使うと,古いマニュアルレンズがつけられる。いわゆるオールドレンズの楽しみが味わえる。レンズも小さいものが主流になる。話が,ずいぶん長くなったけれど,結論は,こうだ。「やがて1眼レフカメラはすべてミラーレスになる」。そして,このミラーレス1眼という呼称はなくなると思います。デジカメは,1眼レフの生い立ちにすがる必要はないからです。 ~おわり~