経済・政治・国際

2017.07.10

資本主義とは何か

 これもまた,ユヴァル・ノア・ハラリ氏のサイピエンス全史からの受け売りなのだが,お金というものは,人間がつくった幻想ではあるものの上手く出来たシステムだという話。前にも書いたことがあるのだが,子どもの頃に,お金(貨幣および紙幣)を誰かが勝手につくれるはずはない,と思って,親に問いただしたことがある。普通の人がお金をつくったら偽造で罪になるが,日本銀行はいつどれだけ何を基準にお金を印刷しているか,という質問である。気まぐれに,勝手につくるのは,いかに日本政府であれ,問題があるだろう。おそらく,古くなったり汚くなったりしたコインや紙幣を回収して,その分だけ新しく刷り直したりするのではないかと,自分では納得して以来,あまり考えていなかった。

 だが,この頃になって,日銀総裁とかが,いわば恣意的に判断してお金を世に配布(国債を買い戻したりする際に)しているらしいと気づいた。世に出回っているお金の量をコントロールして良いんだと理解するようになった。それでも,むやみに全体の量は流通しているという(回り回る)のだから代わらないと思っていたが,さらに,そうではないと言うことにようやくハラリ氏の本で気づいた。それが,資本主義というものなのである。

 お金というのは,約束事で(古くは宝貝をお金代わりにしていたので,漢字の買うとか購入とか貝偏がつく)何でも買える,それがどこかにいっぱいある(銀行)。すると,誰かがそれを借りて(元手に)商売をはじめられるのである。で,例えば,100万円を銀行から借りて商売(店舗やら仕入れして)はじめたとする。で,儲かったら返しますから,というこの時点でその100万円は2倍に増えて200万円になっていると言うことなのである。そうなんですよ。無論失敗して返せなかったら,どっかからまた別に100万円借りてきて返すわけだけれど,それも返さなければならないなら,やはり200万円になっているのですよ。儲かって返した場合は,すでに100万円分の買い物という事物と,銀行に返した100万,という風にこれが資本主義から生まれる価値というか,生産というか,富とでもいいますか。
 
 こういう説明って,学校でちゃんとして欲しいもんですね。

2016.09.17

養老教

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 9月17日、地球永住計画主催、ルネ小平(小平市市民会館)で行われた養老孟司の講演会に参加してきた。以前にも養老さんのライブ講演に参加したし、ずっと前から言ってみれば、養老教徒であることを告白しているように、著作のほとんどは読んでいる。今回わざわざ小平まで出かけたのは、どうも胸騒ぎがする世の中の趨勢について、ライブで養老さんのはなしを聞きたくなったのである。
 
 養老教徒だから、「脳化社会」「自然を見る」という話は前提なのだが、思っていたとおり時事的な話題は、期待を裏切ることなく、さすがに勇気づけられるものだった。
 とくに、今の日本の少子化の理由、都市での子育て、日本経済の見方、日本の普通の人の平均値とのギャップとマスコミの報道の隔たりなど、目から鱗の話題を面白く話してくれ、ホールの人たちも納得の70分だったと思う。

 最後の、鼎談では、こういった養老さんの(簡単に言えば鴨長明のような文明批評的)人生論が、素直にに受け入れられなくなっていると、養老さん自身が危惧している(不真面目ととらえられること)。これは、同じように多くの文化人(まともな)の共通認識であり、どう考えても時代を象徴しているとしか言いようがないという感想をもった一日であった。