書籍・雑誌

2022.10.10

未来は過去からやってくる~思いがけず利他(中島岳志,ミシマ社)

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Amazon何気なく注文して読んだのだが,とても面白く共感した一冊。著者中島さんは政治学者というが,心理学とか倫理学というかテレビや新聞などの評論でも人のこころの綾みたいなものに触れて,考えさせてくれる方だと思う。つい最近NHKのロングインタビューという番組でも,安部元総理暗殺の背景について,日本の今,世の中の分断について歴史をふまえて的確に伝えていたと思う。

利他的行動,と一口行っても難しい。情けは人のためらず,というのは自分のため。だとすれば,それは利己的ではないのか。という問いを続けていく。結論は,利他行動というより,よりよい生き方の問題になっていて,私たちは何かを得ようとして,それが得られるものではなく,思いがけず外からやってくる,いわば偶然によって導かれるように生きている,それが重要だという。私たちの存在自体がよく考えれば,偶然にすぎず,すでに多くの人(存在)からの恩恵(仏教でいう縁)で成り立っている。自分の選択といえども,過去に因縁があると考える。ことによって,世界を受け入れていく‥‥‥。うーんうまく言えない。ぜひ読んでみてください。過去のある時の選択や導きが今の自分を作っていると考えれば,自分も他に対して影響していて,自然に利他にかかわっているんだと,いう認識がもてて一つ気が楽になりました。

2021.06.02

大澤真幸,木村草太=対談「むずかしい天皇制」晶文社刊

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 古代の天文学や曆に興味をもって,昔の人がどの程度,観測技術や知識をもっていたか調べたくなった。古墳などの建造物をつくる土木技術や曆の編纂などは時の政治勢力(豪族や天皇家)の権威を示す象徴でもあったから伝承されたであろうが,文書などの資料には残っていない。したがって,考古的な遺跡や遺物から明らかにするしかないのであるが,その最も重要な遺物である古墳の多くが宮内庁によって歴代天皇陵に治定(神話上の天皇まであって絵空事と事実の区別があいまい)されているために発掘調査ができない,という近代国家にあるまじき科学軽視の実体がある。そして歴史に目をむけてみても,なぜ武士が天下を治めるようになってからも天皇が存続し,その名の下に先の戦争が起き,敗戦後までそんな制度が続けられているのか,という疑問がのしかかっていたところ,出版された本だったのでAmazonで予約して3日前に手に入れて読んでみた。

 社会学者の大澤さんはよくNHKの歴史ものや討論番組などで知っているし,憲法学者の木村さんもテレビやTwitterで辛口の論評をされている。基本的には,大澤さんの解説と論評が主で,法律学的によく分からない点を木村さんに質問して議論が深まっていくという対論が,現代の天皇制の問題,歴史的な経緯,明治憲法と戦後憲法での位置づけという流れで行われている。読み終えて結論を一言で言えば,天皇制は大問題であるが,何故あるのか,どうすれば良いのか結局よく分からない,というものである。もっというと,日本ないし日本人の特質というべき「空気」というものが,天皇制そのものである,という締めくくりになっている。全体の議論がそれに説得力を与えていて最後にむなしい気分にさせられるのだが,たぶん多くの人がそう感じるのではないだろうか。

 問題となるのは,憲法で定められた国民の基本的人権が,天皇および皇室には認められていない,ということである。多くの人は,天皇は別格だと思っているかもしれないが,それなら,天皇にはどういう役割があり(国民の象徴とはなにか),どうやって認められる(世襲のしかたは皇室典範という法律できめられる)などが憲法にはなにも書かれていない。天皇は,国事行為(総理大臣の指名や法律の承認など)だけを行うというが,私的に慰霊やお見舞いの巡幸を行っていることなど,曖昧なままである。細かいことになるが,戦争と軍隊を放棄するいわゆる9条の草案をみて,昭和天皇はこれでは共産勢力に侵略されると心配して,アメリカに沖縄に基地を残すように直接働きかけた,ということが明らかになっているそうだ。このような政治介入をできなくする(平成天皇の退位も一種の異議申し立てであった)ように作られているわけだが,人権の問題も,これからの継嗣の難しさなど多くの問題が残されているのである。

 天皇が,空気を作っているというのは,政治家や軍人がけっこうダメでも,最後は天皇が戦争を終らせたり(814日の御前会議),慰霊の旅や被災地の訪問によって国民の気持ちが癒やされるといったことだが,考えようによっては最近のトランプによる深刻なアメリカの分断のようなものが我が国では,天皇制によって起こらないようになっているという。まことに,消極的な意味として作用しているのが天皇制だという。それではあまりにと,存在意義をあらためて問うと,歴史的に何時なくなっても良かった程度としか考えられないのに,万世一系などと信じがたいものが存続し続けているのは,ひとつには島国で,敵からの侵略にさらされない日本の本気度の薄さに加え,政権を担当するものたちが時々の既得権益で延命することだけを考え,いざとなったら天皇を担いで,錦の御旗を立てて責任を天皇に押しつけてきただけだったという,残念なことながら,これがまさに日本の空気であるとしか言えない気がしてくるのだ。

 私にとっての,天皇家とは何かという答えは見つかりませんでしたが,普段ほとんど考えたことがない法的な問題として天皇制に向き合う良い機会になりましたし,木村草太さん国際的な法学からでも民主主義の考え方が色々あるとか,大澤さんの「第三の審級」といった概念について理解を得られたりするので,一読の価値は大いにあり,お勧めします。

2020.10.11

養老孟司対談集「AIの壁~人間の知性を問い直す」PHP新書

将棋の羽生さんや「東ロボ君」の新井さんと,AIについて養老さんが語った内容なので,見ておきたかった。人工知能がどこまで人間に近づくかは,そもそも人間の脳のしくみが解明されていないのだから,あくまでAIは「道具」として使うに限るというのが養老さんの見解で,研究者や起業家はそれでも人間に成り代わるものを想定している,という感じだ。たとえば,AIが危ない答えを出しそうだったら,電源を引っこ抜けば良い,と養老さんは言うが,開発者はAIが自分で電源を入れたり切ったりの判断もさせるつもりでいる感じ。そんなものに,自分の人生を任せてしまうような人たちが大多数になる世の中が,幸福だとは決して思えない。とっくの昔から養老さんの言っている「脳化社会」は,まさにそれである。特に,最後の新井さんとの対談で,インターネット上のSNSは,自己愛や承認欲求を解き放ってしまったので,ポピュリズムが跋扈し取り返しがつかなくなりそうだ,というのが今まさにその瀬戸際だと思った。管政権の日本学術会議任委員解任問題への見解が政府機関だからとか税金投入しているからとかに大衆を騙そうとしているのがまさにそれで,新井さんは,こう言ったインチキ論理が横行し始めたのは小泉首相が「自衛隊は戦闘地域には派遣しない。なので,自衛隊が駐屯する地域で戦闘があっても,それは非戦闘だ。」と大っぴらに主張して以来だと言っている。この文言が論理学的に破綻しているのは自明だが,大衆には分からないと踏んでいるのだという。もうなにをか言わんやであるが,最近小田嶋隆さんが日経BPで管総理を「ダサい」として圧倒的にダサいと表現することで逆に大衆の心理をつかもうとしている。正解だと思う。

人工知能に対する,人間の知能を「自然知能」といい,さらに世界(自然界)には「天然知能」があるという(郡司ぺギオ幸夫氏の本=注文した)ことも知った。人間はもっと天然知能に近づくべきだろうと思います。

2020.07.26

身体はよく知っている。小堀鴎一郎,養老孟司対談「死を受け入れること」祥伝社

また,養老先生の対談本を読んだ。小堀先生は養老さんと同い年で,40年間外科医として多くの手術を手がけ,現在は終末医療に携わる方。死をよく知る2人の意見は,大体同じで,ひとりひとり人生があってその最後もすべてひとくくりにしたりするべきではない,という話だ。昨日だかALSの人に依頼されたかで,尊厳死させたと医者が殺人容疑で逮捕されたりしているが,そういった問題にも関わる(安楽死を肯定などしていないが,本人と家族の意思は尊重されるべきだという)話をされている。

 面白かったところを書くと,ひとつ前の山極さんでも出てきた,例の手話ができてネコを飼っていたゴリラは,死についても理解していて,「死とは苦痛のない世界だ」と話していたと言われているそうである。動物にも意識はあるし,自分の死期をを悟ったり,森の中の木なども互いにコミュニケーションがあるに違いないとか。ゾウムシでさえ死ぬことを知っていると書いてある。もちろんそれらを人の脳のように客観化している訳ではないが,我々も同じようなしくみで生きているはずで,養老さん曰く本当に死にそうになったら,身体からサインが出るのでそのときに医者にかかればよい,という話だ。検査や投薬の効果など,統計的なもので,ひとりひとりケースバイケースであるはずで,むやみに癌を心配したり,延命治療のガイドラインとか,余命告知とかいう脳化社会が人を幸福にしない,といういつも通りの結論ですが,養老さんが臨床医になっていたら何人殺したか分からない,というのに対して,実際に助けた人もあれば,死んでしまったケースも多い外科医の小堀さんのお話も重いもので,いろいろと参考になる本でした。

2020.06.08

虫とゴリラ(養老孟司,山極寿一対談)と脳の退化

のっけから面白い話,アメリカの動物園で飼われていたココというゴリラは,ネコが好きで猫を飼っていたとか,虫にも意識があるに違いないとか。養老先生の虫と解剖,山極さんの霊長類で語り合うのだから面白いに決まっている。

4月から学校の授業を,遠隔でやる。と決まって,パワーポイントに音声を吹き込んで動画をつくる,なんてことが急に始まった。自分は滑舌の悪さに定評があるので,それは無理だと思った。多少何言ってるか分からなくても,普通の授業では身振り手振りと板書があるから通じる(それでもよく「小惑星」が「小学生」に聞こえると言われる)。そこで,考えついたのはHP(HTML)で講義内容のようなページをつくり,質疑などを掲示板(PHPでつくる)で行う,という方法である。レンタルサーバーにドメインを追加してPHPの入門書を買ってきて,4月の中頃にはできた(毎週1回クラス共通の課題配信もある)。ちなみにこちら→「地学の学習」。その講義も8回ほどになったところで,学校がMicorsoftTeams を導入することになった。少人数の選択授業などでは,例のZoomを使っていたりもしたようだが,さらに,もう一校の学校(掛け持ちしてます)も,当初ベネッセの「Classi」を使おうとしていたが,4月は回線が混み合ってほとんどつながらない状況が続き,結局GoogleClassroom に移行することになった。そして,これらの使用方法について,どちらも最近教師研修が行われ参加し(させられ)ている。同じようなものが,Appleにもあるらしい。何のことは無い,GAFAMによる支配ではないか。研修では,テキストを共有して,意見をみんなで出し合ったり(テキストなので声の大きい子が目立つこともなく民主的とか),音声入力や,翻訳などもできる,という。音声入力にも,翻訳もAIが使われているという。

これらを実際に眼のあたりにして思ったのは,子供は鉛筆を持たなくて良い,漢字の書き取りはしなくて良い,英語のグラマーも作文もいらない,ではないかである。なんでこんなことになるのかということが,この本に書いてある。とくに,霊長類研究の山極さんは,ヒトが他人(家族より大きな単位)と行うリアルなコミュニケーションこそが,人類の進化で獲得した「共感力」であり,それをSNSなどが阻害していることを憂慮しているが,1万年前のヒトより現代人のほうが脳が縮んでいるのだそうである。養老先生は,それは脳ができるだけ抽象化(これがヒトの言語などの特徴だが)することで,脳の負担を減らすこと自体脳に備わっていると言い,AIとか機械学習とかは,ヒトの脳が外に出たもので,このようにきるだけ脳の負担を軽くしてきた結果,脳は小さくなったという。以前は身体的な感覚依存が大きかったのが,抽象化して脳を軽くしてきた,という。要するに,どんどんバカになっていくと言いかえてもいい。

たしかに,科学技術の進歩,コンピューターの発達する理由は,これしかないと思える。真逆の世界,職人技とか農業のノウハウとか,言葉にできていない世界が魅力的に思える。一方,直感的にこんなAIに支配された環境で,まともな教育などができるはずはないと思えてくる。常々養老さんが言っているように,子供は「自然」なのだから。山極さんの6月にでた「スマホを捨てたい子供たち]も注文しました。

また,数学は,やはり脳の中にあって神経細胞のつながりだとか,直線も網膜の細胞がつくったとか,ピアノも一次聴覚神経そのものだとか,自然と生物の織りなす世界を見る目を持っているから言えるのだと思う。毎度ながらの文明批評(山極さんの家族論とかも)で,マルの本より普通の人にはとっつきにくいだろうが,目から鱗本がまたひとつ増えた。

2020.05.05

猫も老人も役立たずでけっこう(養老孟司)

NHKで養老先生とマルの番組(ネコメンタリー)の続編みたいなのをやっていた。気持ちが落ち着いた。駅前の文教堂に行くと,連休中はお休みだそうだ。それで,アマゾンを見たら表題の本が出てきたので,kindle版を買って読んだ。

養老さんのことは,もう何も言うこともないくらいだが,もう最後の最後に考えがまとめてあるような本だと感心している。4歳でお父さんを結核で亡くしたこと,が40歳になるまで(心の中で)死んでいなかったという話が,今までになく詳しく書かれていたり,最近の時事ネタで独自の養老経(教)を展開しているので,これなら多くの人が納得するのではないかと思う。

ほんとに,あと20年も生きるのだったら,最後の10年くらいは都会でなく田舎でマル(ネコ)みたいに生きられるようにしてみたい。

追記:最近の朝日新聞に載った養老さんの,私の人生「不要不急」だから。人のゲノムの4割はウィルス由来とか説き起こすところが

すごい。誰の人生も「不要不急」で結構。

2019.03.27

AI vs.教科書が読めない子どもたち

51wi9mhstel_sx344_bo1204203200_ ようやく購入して読んだけれど、もっと早く読むべきだった。実際に「東ロボくん」という東大合格を目指すAIプロジェクトを行った人が、AIでは東大(偏差値65超)に受からないということを実証し、逆説的にAIなんてこんなものですよ、と言っている。ただし、MARCHクラスなら、具体的には偏差値55くらいなら受かるということも説明し、その程度のレベルの知能(あくまでも大学入試問題での競争)ではAIに負けると説く。なんともすごい本だというべきだろう。AIについて、いろいろ説明してくれてよくわかることが多い。まず、コンピューターには文章を理解させることがほとんどできないということで、どうやって入試問題(センター試験とか)に正答するのかといえば、問題文や例文と、選択肢の文との対応関係から導き出そうというのだから、ようするに統計的確率的なもの。極端に言えば、鉛筆をころがすようなもので、正答率が上がればいいという。アメリカでクイズ王になった、IBMのワトソンというAIも、問題文の語彙を選んで、検索にかけてそれらしい答えを見つけているのだそうで、ほんとにAIってそういうものかと改めて知ることができた。


AIが人間を超える、シンギュラリティ(技術的特異点)などというものが、「あるはずがない」という説明もよくわかる。機械学習やディープラーニングとか教師データの説明もあって、教師データが恣意的であれば、AIを信用するのは危険なのがよく分かった。そして、RST(リーディングスキルテスト)という読解力の調査によって、現在多くの中高生が教科書が読めないという状況を明らかにしている。この地道な調査について、文部科学省の人々や政府のお偉方はどう理解するのだろうか。多分無視しているとおもう。ていうか、首相からしてあの国語力ですから、絶望的だ。AIがもたらす10年後の社会についても、具体的で衝撃的で説得力がある。ユバル・ノア・ハラリ(ホモ・デウス)より先進的かもしれない。お勧めです。


 


 

2019.02.15

「平成精神史」片山杜秀著,幻冬舎新書

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 シンゴジラを見た後で,片山杜秀という人の著書を知って,ゴジラと日の丸や国の死に方などどれも面白く読んだ。平成が終わるということを,これほどうまくまとめてしまったら,他になにも書くことがない,と言っていいほどよくできている本だと思いました。

 いつの間にか平成が30年にもなって,もちろん昭和が62年あったから短いとはいえ,自分の生きていた時代といえば昭和で,すでに戦争も終わった昭和32年に生まれ,30年プラス平成の30年が自分のほとんどだったとすれば,半分は平成である。そう思ったのはつい最近になってからだ。多分同じ思いの人が多いと思うが,この半分のうちどっちが良かったかというと,絶対に前30年。昭和の高度成長期が誰だって夢のようだったと思うはずである。
 この本以外,例えば養老さんも平成とは煮詰まった時代,とか言っているし,なにより,オーム真理教,神戸の震災,アメリカ同時多発テロ,そして東日本大震災などという厄災が平成を特徴づけている。平らかに成らなかったのである。片山さんの専門は,右翼研究と音楽。社会現象(人)と芸能(人)を対比させるのが真骨頂だと思う。
 平成の今上天皇のイメージは,膝をついて被災地を見舞う姿に象徴される。そして,現代のインターネットの発明が1989年(CERN)で,平成の始まりと一緒。SNSの匿名コミュニケーションや浅薄なナショナリズムを煽る政治家の到来,まさに亡国の時代を改元やオリンピックで乗り切れるはずがない。心のどこかで,地震がくると願っている自分。自分に乗り移ったこの刹那主義を,客観視させてくれる良書だと思っているだけで良いのでしょうか。


2018.02.24

銀河鉄道の父

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歳をとったせいもあるが、小説を読んでこんなに涙が止まらなかったのは初めてだった。親が子どもを思う気持ちに満ちた小説というのも、ありそうでなかったかもしれない。祖父から質屋に学問は必要ない、と家を継いだ父は息子には甘かった。というか自分の夢を託したのだろう。このあたりの機微を小説にしてしまったのがうまいと言えばうまい。
元祖地学オタクである宮沢賢治。専門は土壌学や化学だったとは言え、天文や岩石鉱物、地質の知識は当代一流のレベルだと思う。国立天文台の渡部潤一氏には「星空紀行」と題した宮沢賢治のエッセイがNHKのコズミックフロントのウェブページにあり、地質調査所地質標本館の加藤碵一氏には「宮沢賢治地学用語辞典」という著作まである。
子どもの頃に童話を読んだ覚えはないのだが、よだかの星などは梅原猛の「地獄の思想」で感銘をうけた。銀河鉄道の夜のプラネタリウム番組もDVDを買ってもっている。
直木賞と一緒に芥川賞をとった、若竹千佐子さんの「おらおらでひとりいぐも」(永訣の朝の一節)も読んでみることにした。

2018.02.18

半分生きて、半分死んでいる

また,新しく養老先生の本が出た。そのタイトルが半分生きて,半分死んでいる,である。量子力学の解釈に「シュレディンガーの猫」というのがあって,そこに猫が半分死んでいて,半分生きている,というたとえ(解釈)があって,何か関係があるかと思ったが,別に物理学の話は出てこなかった。51salgzgm0l_sx306_bo1204203200_


相変わらずというか,完璧に養老イズムがまとめられている。前作「遺言」からさらに煮詰まった感じだ。最後の方で「平成を振り返る」という章があって,平成とはすべてが煮詰まった時代、とある。養老さん自身もオウム真理教事件が東大をやめるきっかけになったそうだし,9.11の同時多発テロ(忠臣蔵みたいなものだという)以降,世界は信じるに足らなくなった(まじめに報道を信じる方がバカ)という。
様々な政治家の暴言失言や,企業の不祥事など,すべて言葉によって社会脳が構築したシステム内でおこることであって,現に存在するものや個々に注目しなくなったからだという。
これからどうするか,「現代社会から外れている人に注目したい」そうである。私はこの言葉に救われる方の人間である。

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