旅行・地域

2017.11.12

南多摩50年の軌跡

 いかにもローカルなタイトルであるが、昨日実家のある多摩ニュータウンで開催中の地図展2017を見てきた。

 中二の時に多摩ニュータウンに移り住んだ。これは、結構稀有な体験なのかもしれない。多摩ニュータウンとは何か、から話し始めないといけないことになるが、要するに高度経済成長時代のあだ花のような場所である。1971年のことである。昭和46年でもある。今でこそ、多摩センター駅にはモノレール、京王プラザホテルがあり、南大沢には首都大学東京が鎮座しているが、永山駅の周辺に諏訪地区永山地区の団地が建設されたばかりだった。陸の孤島と呼ばれた。

 もちろん、そこで中2から成人して独立するまで住んでいたのだから、故郷でもある。変化の激しいところだっただけに、いろんなことが凝縮されていると、改めて感じた。いっぱいあるので、とりあえず話の始まりと思っていただきたい。
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2017.08.24

八ヶ岳へ

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 今週月曜から1泊で,八ヶ岳の赤岳鉱泉に泊まり,硫黄岳に登ってきた。1日ずれれば天気は良かったのだが,火曜日も曇りで,上はガスの中で何も見えなかった。写真は,小屋に着いたときかろうじて横岳の大同心小同心の姿が見えたときのもの。

 天気さえ良ければ,と山では思うことが多い。それでも,山道や森の中にいるのは心が洗われる。うまく休みが取れるかどうか,秋の紅葉シーズンにまた行きたい。

2017.08.12

日本地図学会の巡検

 昨日は,東京の水辺を貸し切りボートでめぐる地図学会の巡検に参加してきた。
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貸し切りでなくても,ミニクルーズのようなふねはこのスカイツリーのたもとから出ていることも初めて知った。個人的にまた行っても良いかなと思う。地図学会なので,今ブラタモリ流行の町歩きの達人たち(スリバチ学会や境界協会)の人たちがごそっと乗って大盛り上がりだった。

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 小名木川は,下町低地でもっとも有名な運河だろう。芭蕉の「秋に添うて行かばや末は小松川」の句のぶたいである。隅田川と荒川の水位が違うので,水門(扇橋閘門)を通過しなければならない。というのも初体験であった。

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 隅田川に出る。このまえに昼食のため上陸し,芭蕉記念館にも行ってきた。

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 神田川にも入る。お茶の水あたりでは,電車が通過すると大興奮でした。
 このあと,水道橋の先から日本橋川を下って日本橋で下船。約4時間の船旅でした。

2017.03.21

福井県立恐竜博物館

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 2000年に開館した県立の恐竜博物館。日本で恐竜の化石が大量に発見されているのは福井金沢にまたがる手取層群というジュラ紀白亜紀の地層で,この勝山市でもワニの化石などが発見されてるそうだ。このためだけに福井にも行く人もたくさんいると思う。歴史的には平安期から栄えた平泉寺という寺院史跡にも立ち寄った。ここもお薦めで,さらに福井平野には古墳もおおくこの地域が古代から豊かであったことに気づかされた。

 行ってみるまでは分からないもので福井市内から,車で30分以上かかる郊外にあり,敷地の規模やモダンな建物からいって日本一を誇れるものだ。このブログにアップしていないけれど,行ったことがある中国の自貢恐竜博物館や世界恐竜谷(雲南省)に引けをとらない。ただ,日本で発見される恐竜そのもののスペースはそれほど大きくはない(下写真参照)。

 地質(地層)と化石は,地球の歴史を物語るものであるので,多くの自然史博物館にその種の同じような展示を見るけれど(国立科学博物館,生命と地球の星博物館など),ここのがシンプルかつ代表的で見応えのある化石から構成されているという印象をもった。考えてみれば,生物進化と環境の変遷を化石を使って一度に説明するのはどだい無理なのかも知れない。お土産に,越前和紙製の恐竜骨格組立パズルと,恐竜シルエットのお弁当のりを買った。

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      福井で発掘されている全身骨格恐竜化石

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      2階に昇るスロープから,骨格標本は残念ながらレプリカが多い

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      入り口からいきなりエスカレーターで地下に潜る趣向でおおっと思わせる

2017.03.18

永平寺に泊まる

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      永平寺の法堂から

 富山は行ったことがあり,今回能登半島は行かなかったので,北陸とはいえず福井と金沢に行ってきた。福井県は,京都のとなりと言って良く,なので行きは東海道新幹線,金沢から帰りは北陸新幹線である。JRのとくとく切符(だっけ?)にレール&レンタ(だったか)があって,行き帰りJR,途中にレンタカーを入れて繋がるように手配すると割引になる。去年は長野から碓氷峠を越えて使った(JRバスもOK)。特急券が1割,乗車券が2割引となる。乗車券2割引というのは,学生時代の学割と同じだから結構お得感ありである。

 興味があったのは,永平寺と勝山の恐竜博物館と山中温泉(芭蕉奥の細道関係)で,一昨年高野山の宿坊にも泊まったので,せっかくなので(家は菩提寺が曹洞宗)永平寺に泊まって参禅体験をしてきた。二日目は山中温泉泊。

 座禅を組んだのはもちろん生まれて初めてで,永平寺と言えば,道元の開いた曹洞宗の只管打坐である。お泊まり体験の大まかなスケジュールを記しておくと,1日目15時入山,作法と座禅のやり方指導,座禅①,②,薬石(夕食),座禅③,座禅④,映画,入浴,消灯(21時),2日目3:40起床,座禅⑤,朝のお勤め(法要)見学,境内案内,小食(朝食),座禅⑥,座禅⑦,感想文記入,下山(9:50)である。1回の座禅はおおよそ30分。

 まさか,7回も座禅を組まされるとは思っていなかった。1回目は先ず足が組めず,あぐらでも良いというので,それでも普段ストレッチ不足というか足が痛かった,2回目はほとんど感覚なくなるまでしびれた。曹洞禅は面壁と行って壁に向かって,目を開けてする。それと坐蒲というまるい座布団で腰を支えて行う。3回目からはこの座蒲の位置を上手く変えて段々座禅に集中できるようになった。それでも,終わり頃には足が痛くて早く終われと思うばかりになってしまう感じだった。40分くらいやるのが普通らしいが,だいたい25分前後にしてくれていたようである。

 最近は,マインドフルネスとかいって瞑想がもてはやされているが,この道元の只管打坐の理屈(脳の日常的な活性状態をなくす術)が昔からあっとということは,ホントにすごいと思う。優れているというサピエンスの脳の働きが,精神的なストレスや苦悩のもとであることにお釈迦様が気づいたのだ。永平寺のお土産ショップ(なんか道元は怒っているだろうな)に座布が売っていたが,ネットで探して買おうと思っている。家でも座禅してみたくなりました。

 永平寺の食事は完全に精進料理で雲水の食べる量は1日1800キロカロリーぎりぎりなのだろう。修行に入ると10kgもやせる人がいるそうだ。脂っ気がないから,ニキビもなくみな顔がすべすべしていてきれいである。所作も洗練されているというか,あの朝の法要の読経のリズムやハーモニーと動きがすべて美しかった。これは忘れない。3月なので,寒さも耐えられたが,1月とか氷点下の時もあるかと思うとやはり感動する。それと,明るい照明というのは不要だと言うことだ。夜はほの暗くても充分。何しろやるのは座禅くらいだからだ。オフィースの暮らしがいかに不自然か体験的に知ることができた。山中温泉では,精進落としのようにカニすき鍋などで満腹になったが,やはり食事も永平寺に見習おうと思う。


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      東尋坊の日本海


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      兼六園

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      兼六園の梅

2016.11.03

ほったらかし温泉

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 西沢渓谷のあと,疲れた足のマッサージでもと,山梨市のほったらかし温泉に寄った。先週戦場ヶ原の帰りの車で朝のラジオを聞いていたら話題にしていたので知ったのだ。なんともずぼらな名前でその名の通りの温泉施設だった。塩山の近くということで偶然行く機会ができたわけだが。

 山梨県(甲府や塩山)の観光地というとブドウやワイン,武田信玄ゆかりの地,昇仙峡,石和温泉くらいだが,新たな新名所と言って良いかもしれないぐらい。富士山と御坂山地から大菩薩の山並み,塩山の市街を見下ろす絶景巨大露天風呂である。ほぼ山の頂上という場所に,推定1000坪弱くらいの露天風呂が無造作(風情とか清潔さとか無縁に)に作られているのである。入浴料金800円というのも絶景代からすれば安いと思う。信じられないのだが,地理院の地図には,この場所に逆さクラゲ(温泉マーク)がちゃんとあるのである。沸かし湯ではあると思うのだが,それでもこの開放感は半端ではない。まだの方は是非お薦めです。

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塩山駅の北にある小高い山は,平地にぽっかり置かれた小山で,その名も塩山の地名のもとになった「塩の山」ということを知った。カシミールで山名を確かめられるが,有名な雁ヶ腹摺山は見えないようだ。

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2016.10.11

山の紅葉

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       みどり池から天狗岳をのぞむ(頂上はガスの中)

 10月8~10日の三連休をつかって8月につづけて再び北八ヶ岳へ出かけた。北八ヶ岳はなだらかな山容で初心者向けではあるが、石がごつごつゴロゴロしている道が嫌だとかみさんが言うので、少しは土が多い稲子湯から天狗岳に登るルートを選んだ。今回は標高2000m以上の山の紅葉を見るのが主目的である。紅葉はお花見よりは見る時期が長いかもしれないが、うまく出かけないと逸してしまうから、昔から風流のアイテムの一つであるのだろう。

 それにしても、天気が悪い。あずさの指定席や小屋と稲子湯(一応温泉宿)の予約など一か月前にするから、10月には晴れてほしいと思っていたのだが、結局夏からの不順な天気が解消しなかった。9日の朝まで秋雨前線がかかって昼過ぎには晴れる予報もぱっとせず(気温だけは急に下がった)、山はガスにおおわれ通しであった。

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 天狗岳(2540m)は諦めたが、黒百合平までは頑張って登って(かみさんにはまた不評だったが)下ってくる途中ようやくガスが少し取れて見えた景色。

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 しらびそ小屋は、みどり池畔の静かな山小屋。

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      窓辺にやってくる本土リス

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 久々に小海線に乗って帰りに清里に寄ってみた。駅周辺は昔の人のにぎやかさはなく、ほとんどの人が車で来るらしく、萌木の村というところのジャムの店でお茶など

2016.08.15

南会津の空

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 毎年、所属する天文グループの夏合宿、ということで南会津の楓林舎というペンションに通っている。星見や野鳥観察、冬のスノートレッキングなどで訪れる宿として知られている。今年は、8月11~13日のペルセウス座流星群の観測に合わせて我々が貸し切りで泊まった。
 以前は、八ヶ岳の山麓に観測所を持っていたので,夏もそこに集まったのだが、10年ほど前に運営上の問題から撤去して以来、風林舎を利用させていただいているという常連(オーナーは大学時代からの知り合い)である。

 昨年は、エルニーニョの影響でほとんど晴れなかったが、今年は数日前のGPV気象予報で十分晴れそうで期待していた。11日は、昼から快晴で宿につくと「晴れすぎて夜曇るかもね。」とオーナーに脅かされたが、12時すぎまで晴れていた。本番の12日も、GPVは確実に一晩中晴れの予報なので、ぺルセの大出現を見られるものと確信していた。

 案の定、夕方から空は晴れ渡っていた。ところが、月の影響がなくなった12時過ぎから、もやった空になり星が見えなくなってしまった。人間というのは、自分の信じていたことが、それに反した状況になっても、それを認めることができない、ということを身をもって知ったのだが、すぐにまた晴れるはずだと思って何もせずにいた。それが夜半ずっーと続き、結局ペルセウス座流星群の大出現を見れずに終わってしまったのである。仲間のうち約2名が2時過ぎに車を出して、ひと山超えたところまで行ったところ快晴で、流星を1時間に30個ほど見たという情報を知ったのは、朝になってからのことであった。

 どうも、この楓林舎のある場所の地形が凹地になっていて、良く晴れると放射冷却によってここだけ霧が滞留するようなのだ。それにしても、晴れるか晴れないか微妙な天気だったら、もっと早くに移動していただろう。そう思うと、信じることの危うさというか、状況に応じた行動をとることがいかに難しく、かつ重要かという場面に、遭遇したことを、反省として悔やみつつ、ひと夏のつらい思い出になるだろうと、かみしめている今日この頃。

 冒頭の写真は、2日目に撮った写真で、南会津はまだまだ清流というか、空も随一の暗さを誇る場所ですというつもり。

2016.08.07

北八ヶ岳へ

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    溶岩岩塊の未熟な土壌環境に優先するコメツガ林


 私は、地理学科の卒論「北八ヶ岳中山付近の縞枯れ現象について」を書いて大学を卒業しました。ですからこの場所がフィールド(野外調査地域)なので、何度も通って精通しているのですが、30歳前に関係者を案内して以来、今回は30年ぶりだろうか、無理やりかみさんを連れて行った。

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 白駒池は、静かできれいな池です。車の駐車場から15分ですので、おすすめです。

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 ニュウ(乳)というピークから。夏としてはまあまあの天気に恵まれました。


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 これが縞枯れの内部です。シラビソ・オオシラビソ亜高山帯針葉樹林(天然林)の自然更新の一種と考えられています。

帰りは、平成になってから2つの国宝が納められた、縄文遺跡で有名な尖石考古館に寄ってお宝を拝見しました。


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縄文のビーナスと仮面の女神
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最後に、今年御柱が納められた諏訪大社に参拝。以上、今年の夏休み旅行でした。

2016.08.01

箱根の石畳

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 100年以上前には、鉄道も車もなかった。それでも人々は江戸や京都を行き来していたのが不思議といえば不思議。というか、それが事実だとして、我々がいかにへなちょこな人生を送っているかということである。

 というわけで、箱根八里を体験すべく、旧道を踏破(といっても歩ける範囲)を温泉に1泊しながら歩いてみた。はっきり言うが、私は天下の嶮を舐めていた。無論、当時の道はほとんど残されていない(それも確認)。石畳といういうが、こんな凸凹な急坂道を、女子供や馬も通ったのかとおもうと、相当な覚悟でなければ江戸と上方を行き来なんてできない。

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 翌日は、湯坂道という鎌倉時代の道を箱根湯本まで下ったが、なだらかではあるものの距離が長く、いまだ(2日後)筋肉痛に悩まされている。夏休みだというのに、歩いている人の少なさも、道の整備も悪く、古(いにしえ)の人々の気持ちを理解していないことが明らかで腹立たしかった(←思ったより疲れただけです)。

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浅間山へ登る途中から、2年前に登った金時山がみえる。昨年は、ここまで大平台から登ったりしている。あとは大涌谷から神山、駒ケ岳のルートを早く開通してもらえたらいいのになと思っている(火山警戒で立ち入り禁止)。